戦いか破滅か 現代の黙示録を解く 目次 序 章  第1章 アメリカの横暴史   1.原爆実験   2.多国籍企業   3.ペリー〜日露戦争   4.アメリカのアジア支配   5.真珠湾   6.ヴェトナム戦争   7.フッパ思想 第2章 パナマ侵攻   1.パナマ運河   2.ノリエガ将軍   3.パナマ侵攻   4.アメリカの真意 第3章 エイズ   1.生物兵器   2.血液製剤   3.罠 第4章 湾岸戦争   1.クウェート侵攻   2.ハイテク兵器   3.死の商人 第5章 ダボス会議   1.ダボス   2.グローバル2000 第6章 在日米軍に奪われる日本人の命   1.在日米軍   2.もくせい号事件   3.日航機事件   4.日本再占領 第7章 日本再占領の理由   1.経済戦争   2.1929年との比較   3.思いやり予算 第8章 アメリカのコントロール   1.政治家   2.皇室   3.身の回りに潜む「彼ら」の影   4.食料問題   5.その他の作戦   6.エネルギー問題   7.中曽根康弘 第9章 自衛隊   1.自衛隊の起こり   2.自衛隊の装備   3.FSX   4.地下へ 第10章 『シオン賢老の議定書』   1.『議定書』   2.ソマリア虐殺事件 第11章 静かなる戦争のための沈黙の兵器   1.「彼ら」の戦術   2.教育制度   3.マスコミ   4.味覚   5.分断策 第12章 粛清 第13章 戦い   1.闇が深くなるのは……   2.アフガニスタンにて   3.ヴェトナムにて   4.キューバにて   5.「戦いか、破滅か」、選択の時   6.ファティマの少女   7.ホピ族の予言   8.ノストラダムスの予言 はじめに  世紀末を目前に控えた世界は今、混迷の度を増している。管理的物質主義 観に基づく共産主義陣営の旗手として君臨してきたソビエト社会主義共和国 連邦は、1991年の共産党解散に続く混乱の中、その歴史に終止符を打った。 その後の経済改革も思うに任せず、民衆は日々の暮らしにも困り果ててい る。また、国の混乱をついてマフィアたちが暗躍を始め、ただでさえ少ない 物資を闇ルートで流しているという。  一方、放任的物質主義である資本主義陣営を代表し、『世界の警察』を豪 語してきたアメリカ合衆国は、人種問題、麻薬問題、相次ぐ殺人や強盗、児 童虐待など、多くの問題を抱えている。特に、国家の財政事情は崩壊寸前で ある。  世界は完全に行き詰まっている。核戦争の恐怖と自然破壊によってもたら された地球の危機を前に、有効な選択肢も見いだせず、ただ途方に暮れてい る。 「近代西洋文明は驚くべき勢いで全世界を席巻してきたが、その低次元の物 質的信仰のゆえに、また驚くべき速さで凋落してゆくであろう」と、トイン ビーは語ったというが、まさしく西洋物質文明は今、末期的症状を呈し始め ている。  では、この世界に共通する難問を解決し、来るべき21世紀を切り開いてい く新しい思想とは、文明とは、どのようなものだろうか? 文明興亡の法則を 研究する京都大学教授・岸根卓郎氏は次のように語る。 「現在世界を支配する資本主義もマルクス主義も、所詮は『形』のあ る『物質』を中心とした西洋人の『有形的唯物文明』の所産にすぎな い。これに対し、来るべき未来東洋文明は『形』のない『精神』を中 心とした『無形的精神文明』へと進化するものとおもわれる。」 「人間の幸福度は、それを経済学的にみれば、   幸福度=所得/欲望=物/心 と表わせよう。ゆえに、幸福度を高めるには、所得と欲望のバラン ス、それゆえ物と心のバランスを図る必要がある。なぜなら、いくら 所得を大きくしても、それ以上に欲望を大きくすれば、幸福度は却っ て下がるからである。そのさい、一般に分子の所得を大きくして物に よる幸福度を高める方向が自然支配型・自然収奪型・自然破壊型の西 洋物質文明の方向と考えられる。  しかし、ここに問題は、その分子の所得の増大を目指して西洋物質 文明のみを追求してゆけば、所得は確かに大きくなり物的には豊かに なっても、やがては自然は必ず破壊され人間の生存までも危なくなっ て、幸福度は逆に必ず下がるということである。なぜなら、今日の西 洋物質文明の追求は、物質生産を刺激して分子の所得を大きくはする が、それは同時に分母の欲望をも刺激(または解放)してそれ以上大 きくするから、却って幸福度を下げるという自家撞着性をもつからで ある。  ゆえに、幸福度を高めるには、分子の所得(物)の増大をある限度 内に抑えなければならない。すなわち、西洋物質文明のみの暴走は許 されないということである。  このようにして、幸福度を高めるには、分子の所得の増大をある限 度内に抑える必要があるが、一方、それと同時に、分母の欲望(心) の増大をもある限度内に抑える必要があることも分かる。そのさい、 分母の欲望の増大を抑えて幸福度を高める方法が、自然随順型・自然 共生型・自然親和型の東洋精神文明といえよう。  (中略)ゆえに、これらの東洋思想への絶えざる回帰によって、は じめて、あくなき人類の欲望(物欲)は抑えられ、西洋物欲文明によ る自然破壊も制御され、未来永劫にわたる自然と人類との共生が可能 となって、人類はつねに『高い幸福度』を維持することができるもの と考えられる」 「現在は上記のように資本家階級支配の資本主義社会であるから、こ の社会の価値観は金銭がすべての、いわゆる拝金主義の物質万能の物 社会であるため、このような物社会からは科学面での天才は生まれて も、文学、芸術、哲学、宗教などの精神面では天才は生まれにくい。  しかし、これからの新しい日本社会は、現在の物社会をはるかに超 えた、かつてこの地球上に存在したことのないほどの高い価値観をも った社会制度へと飛躍し、それによって、これまでに存在したことの ない型の天才を輩出させ、さらにそれを原動力とし、これまでに存在 したことない型の高度な文明を創出してゆかなければならない。  そのさい、そのような『新しい社会制度』の在るべき姿は、私の予 見では、対決よりは協調を、戦争よりは平和を、分裂よりは融和を、 それゆえ総じて荘子のいう『差別よりは斉同を、対立よりは調和を、 部分よりは全体を』をその基本的価値観とし、さらにそれに『利潤よ りは福祉を、物質(金銭)よりは人間精神』をそれぞれ付加した社会 制度でなければならない。」  [『文明論』、岸根卓郎、東洋経済新報社]  そう、今こそ人類は、物質よりも精神を重視する東洋文明へと回帰する時 代を迎えたのではないだろうか。そして、東洋思想の真髄である原始仏教・ 原始ヨーガの流れこそが、行き詰まる現代世界を切り開くことができるので はないだろうか。  物質主義、物質主義的執着、物質的思考は一時的にわたしたちを幸せにし てくれるかもしれないが、死の瞬間にそれらは消えてしまう。つまり、物質 主義は、総合的に見るならば、精神的不安定、精神的苦痛を与える。  現代は完全に物質主義に支配されている。一つは物質主義的平等を主張し ている管理的物質主義、すなわち共産主義。もう一つは、「もうけたい人は もうけましょう」という放任的物質主義である自由主義。つまり、東西の対 決、あるいは左と右との対決などと言われてきたものの、実際には同じこと である。ただ、それが放任主義的であるか、管理主義的であるかの違いであ る。  このように物質主義が地上を汚染するようになったのは、ルネサンスあた りからである。例えば、ヨーロッパ的な流れを見るならば、教皇と王が存在 して、その力関係が逆転してきたあたりから変化が始まった。その劇的な変 化は、当時ヨーロッパに猛威をふるったペストによって引き起こされた。そ れ以降、人々は一気に資本主義的な思考に移り変わっている。そして、この ペストは、現在全世界に影響力を持つ「彼ら」が仕掛けたものであった。そ のペスト大流行以降、「彼ら」は人間の物質的欲望を巧みに利用し、莫大な 利益を上げてきたのである。  そして現在マスコミは、「物質主義的思考イコール人を幸福にする」とい う宣伝を二十四時間かけて行なっている。雑誌とか新聞、テレビ、あるいは 漫画などを見ることによって、そのイメージが根づく。そして現象として追 体験して、納得し、満足する。一方、宗教的なことは、テレビでは否定的に 扱う。ただひたすら、金に関すること、物に関することを流し続ける。  このような情報を流し続けているのが「彼ら」である。「彼ら」の情報操 作により、日本人は物質的思考を植えつけられるだけでない。例えばテレビ などで、電話のシーンを多く見せつけられることによって、直接会話ができ る機会はあるのに、わざわざ電話でしか話さない傾向が強まる。このように 「彼ら」は、わたしたちを支配しやすくするために、わたしたちを集団とし て一つの力になることを抑え、分離・統治する。これが、日本の現状であ る。  ところが、日本において、そのような統治をした場合、個々が分離状態に あるから、内的には統治しやすいのだが、外的に攻められた場合、大変もろ い。これこそが、「彼ら」の支配下にある日本政府の目指すところである。 つまり、日本人を無知化し、個々を分離することで統治しやすく弱体化した 上で、「彼ら」に日本を献上しようというのである。  マスメディアを中心とした無知化のプロセスは、日本のみならず世界的に 行なわれてきた。その洗脳が終わり、反社会的な者が少なくなり、統治しや すい状況が完成した。「彼ら」が今まで演出してきた、強大な敵を設定する ことで自国民を統治しやすくするという東西冷戦という構図は、ここへ来て もはや必要がなくなった。ソ連が崩壊したのは、西側世界の敵役という役目 を終えたからである。そして西側世界も、アメリカを中心にその行く手には 翳りが見えている。  「彼ら」、つまり、この世の中をコントロールしているグループは、相当 知性が高い。しかも700年、800年と時間をかけて。その「彼ら」の目的 は、粛清である。自分と関係のあるもの、一部だけを生き残らせ、もっとも っと統治しやすい地球をつくっていきたいと考え、そのために計算されて動 いている。  では、その「彼ら」とは何者なのか。「彼ら」の行なう粛清とは、いかな るものなのか。わたしたちはどうなるのか。それが、このビデオで明らかに なる。 序章  正直いって、僕は尾崎豊の大ファンというわけでもなかった。それはあま りにも彼の歌がストレ−トすぎて、10代だった僕には気恥ずかしかったのか もしれない。気恥ずかしく感じたのは、多少はあい通じるところがあったの だろうと今では思う。  僕が彼のことを真剣に考えるようになったのは、彼の死を知ってからだ。 彼は死んだ。いや、殺された。  最初は、マスコミがいうように彼が酒の飲みすぎで死んだ、そう思った。 でもそうじゃない、彼は殺された、と思うようになったのは、彼の父の話や 最後のマネ−ジャ−の大楽氏の手記によって、いくつかのことを知ったのが きっかけだった。  尾崎は死ぬ直前、いったん病院から自宅に戻り、そこでのたうち回った 後、突然こぶしを突き出し、足をけりあげ、まるで何かと闘っているように 立ち回ったという。そしてその目は、何かを捉えるように一点を見つめてい たという。そして静かに横になった。最初、僕は彼が空手をやっていたの で、酒をグデングデンになるまで飲んで朦朧とした状態で立ち回りを演じた と思った。ところが彼の目に鈍器で殴られた跡があった。また、彼が最初に 発見されたとき、裸で背中を地面や木にこすりつけていたことがわかった。 これは薬物を投与されたとき、皮膚が発熱し、かゆみを覚えたときの反応だ といわれている。にもかかわらず、警察発表では薬物との因果関係が述べら れなかった。  警察は、当初彼の死因について「彼の死に関してはプライベ−トにかかわ ることですから」といって、あいまいに応じたことがあったが、最終的には 肺水腫により病死ということになった。しかし、それでは最後の彼の行動が 説明できない。  だれかが警察に圧力をかけて真実を握りつぶしたのか。それとも警察が尾 崎を殺したのか。尾崎はなぜ殺されたのか。尾崎は最期まで何を訴え、何と 闘おうとしたのか。彼が残してくれたヒントを頼りに、僕は尾崎を殺した連 中を捜し出そうと心に決めた。  尾崎が死んだとき、マスコミは「学校に反抗する歌を書いていた尾崎は学 校を出て反抗すべき相手を見失った」といっていたが、それはウソだ。『卒 業』を聴けばわかる。   先生、あなたはかよわき大人の代弁者なのか    俺たちの怒り、どこへ向かうべきなのか   これからは何が俺をしばりつけるのか   あと何度自分自身卒業すれば   本当の自分にたどりつけるだろう  つまり、彼は学校など相手にしていなかった。その後ろにある、もっと強 大な敵を10代の時に肌で感じていた。学校や先生なんて、そんな大きな力の 代弁者にすぎないと知っていたのだ。実際、彼はアジアの難民のためにも歌 っていた。彼の目は世界に向けられていた。  そして僕は、尾崎を殺した奴らを見つけた。奴らの名前は、「アメリカ」 という。では、なぜアメリカは尾崎を殺したのか、アメリカとは何者なの か、それを明らかにしていきたい。 第1章 アメリカの横暴概略史 1.原爆実験  1945年8月6日、午前8時15分。アメリカは広島市上空に最初の原子爆弾 を投下。2日をおいて、8月9日午前11時2分、長崎市へ二つ目の原爆を投 下。第二次世界大戦末期のことでした。  日本とアメリカの関係を語る上で、計30万人の命を奪った広島、長崎に落 とされた二つの核爆弾を忘れることはできない。この核が使われたことにつ いて、「日本がアメリカに戦争をしかけたのだから仕方ない」という人たち がいるが、それはアメリカの情報操作による誤った見方であり、アメリカが 自分たちで開発した原子爆弾を実験するために日本人を虐殺したというのが 真相だ。  太平洋戦争の最後の年、1945年に入ると、日本の兵器産業はすでに壊滅的 であり、もはや戦う能力はなかった。それでもなお、アメリカ軍による日本 の都市への空襲は続けられ、多くの罪のない市民が殺された。しかし、後に 原子爆弾が投下される広島や長崎は、その重点目標からわざと外されてい た。新型爆弾を実験するには、事前に爆撃によって被害を受けていない都市 の方がデ−タが採りやすいからだ。また、広島にはウラニウム型、長崎には プルトニウム型と別々のタイプを投下した。それは、この2種類の原子爆弾を 比較するためだった。また、最も多くの人を殺すために、落とす時間や爆発 させる地上からの距離が綿密に計算された。   [『広島原爆の疑問点』(PP.4-12、140-146、258)、宍戸幸輔(1991 )、マネジメント社]  赤とんぼをとっていた子。朝ごはんを食べていた子、兄弟で絵本を読んで いた子。夏休みもなく勤労動員で働いていた中学生たち。ピカッ。その一 瞬、原爆は巨大な火の玉となって爆心地を包んだのです。爆心地近くの石段 に腰掛けていた人は、影だけを残して消えました。  爆心から少し離れた場所にいた人々も、着物や服はおろか、熱線で肉を焼 かれ、髪の毛を焼かれ、皮膚はジャガイモの皮のようにずるりとむけてしま いました。  たちまち音をたてて燃え上がる火。人間が人間でなくなり、子どもも裸で 逃げまどい、助けを呼び、泣きわめき、それは地獄でした。地獄としかいい ようがありませんでした。「水をください、水を」と叫んで川へ飛び込んだ 人たちの声が、その呻きが、わたしにも聞こえてきます。  瞬間的な熱線とともに、普通の爆弾では考えられないものすごい爆風が起 こりました。家も学校も病院も何もかも押しつぶし、なぎ倒していきまし た。長崎の小学校のある先生はこう書き残しています。 「運動場は一面、人間をまいてあるみたいだった。土の見えないくらい倒れ ていた。たいてい死んでしまって、動かなかった」  爆風が通り過ぎた後は、もう変わり果てた死の街だったのです。  熱戦と爆風。それにもう一つ加えて原爆の恐ろしさは、目に見えない放射 能でした。舞い上がった死の灰。突然降りだした黒い雨。いたるところ、強 い放射能でいっぱいだったのです。あの日、運よくけが一つせずに元気だっ た人々も、しばらくしてからバタバタと倒れ、高熱にうなされ、不気味な死 斑が体に現われ、あるいは血を吐いて、なぜそうなったのかわからないまま に、次々と死んでいきました。放射能が体を蝕んだのです。  長崎の谷口澄輝さんは、自転車で電報配達をしていたとき、後ろからピカ ッときて地面へ叩きつけられました。当時16歳。肩、背中、尻、両腕などに ひどいやけどを負い、1年9カ月間、うつぶせになったままでした。このた め、胸は床ずれで肉が腐り、あまりの痛さと苦しさに、何べん叫んだかしれ なかったそうです。「殺してくれ、殺してください」と。  かろうじて生きのびた人々も、苦しみながらさまよい、デルタ地帯の七つ の川辺に折り重なって死んだ。恐怖のため、発狂した老婦人。人々は「ピカ ドン」と呼んだ、悪魔の火球であった。爆心地の外にいた人々が駆けつけて きた。しかし、救う手だてがなかった。体中の水分が熱線で奪い去られてし まった人々は幽鬼のように放心したまま命が尽きていった。通り過ぎる者の 足をつかんで、水を求めながら死ぬ人も多かった。爆風で吹き飛んだ市内電 車。乗客はすべて熱線で焼かれ、その死体は線路下に投げ出された。 「肉がねえ、ぶくぶくに焼けただれちゃってねえ。うじがわくんですね」   救護の努力がはじまった。だが、有効な手当ては不可能であった。 「背中の方はですね、ジャガイモの皮をむいたように皮膚が垂れ下がって」  母親の胎内で被爆した子どもたちの不幸が、被爆した人々をさらに苦しめ ることになった。ある調査によると、胎児死亡、流産、死産など、悲しい経 験をした人々の率が意外に高く、生き残った子どもたちにも様々な障害例を 見たという。  この幼い兄弟は、爆心から400mで被爆した。 「足首が切れてるよって。足首がブラーンとね。横にね……」 この少年はすでに抵抗力をなくしていた。この時から3日目に死んだ。6歳で あった。  爆風で崩れ落ちた家々の下には死者たちが横たわっていた。   [「にんげんをかえせ」、青銅プロダクション etc.]  終戦間近、優れた情報網を持っていたアメリカは、日本が戦力、戦意とも に失い、降伏寸前であったことを知っていた。それにもかかわらず、核爆弾 の使用を決定したのは、戦争を終わらせるためではなく、どうしても核を使 いたかったからである。  しかも、日本は、日ソ友好条約を頼って、ソ連を通じてアメリカとの和平 を図ろうとしていた。ソ連の書記長スタ−リンは、アメリカのトル−マン大 統領に、日本からの要請に対してどう回答すればよいか質問している。それ に対して、トル−マンは、その日本政府の早期和平交渉にソ連が加担しない よう指示した。やはりアメリカは核爆弾を使う前に戦争を終わらせたくはな かったのである。  それは単に実験のためだけではなく、戦後も核兵器市場で莫大な利益を上 げようというアメリカの多国籍企業の思惑があった。  アメリカには、ロックフェラー財閥、モルガン財閥という二大財閥があ る。彼らこそが原爆開発のためのマンハッタン計画の中心だったのだ。  マンハッタン計画は、1944年、ニューメキシコ州ロスアラモスの「プリン ストン高等研究所」で、J・ロバート・オッペンハイマー博士やアインシュ タイン博士らによって、極秘裏のうちに進められた。約4兆円(22億ドル) の資金はロックフェラー財閥とモルガン財閥が提供した。日本に落とされた2 個の原爆もここで制作された。  また、アメリカ政府は、原爆開発のために血税を支払った国民を納得させ る必要があった。大統領付幕僚長レーヒ提督は、「20億ドルという巨額の国 費を使った以上、それが無駄使いではなかったと、国民に納得させるために 原爆は使われた」と述懐している。 2.多国籍企業  多国籍企業というのは、国境という枠組みを超え、世界を股にかけ、世界 の市場を独占する巨大企業であり、その多国籍企業の集合体がこれらの巨大 財閥である。  ロックフェラー財閥は、スタンダード石油から発展したエクソン石油、ナ ショナル・シティ銀行、軍需産業のベクテル、ウェスティングハウス、大テ レビ局のNBCなどを支配する。  モルガン財閥は南北戦争で兵器を売って莫大な利益を上げて「死の商人」 と恐れられたデュポン社、鉄鋼のUSスチール、兵器、電気のゼネラル・エ レクトリック、自動車や戦車メーカーのゼネラルモータース、ハリウッドを 中心とした映画産業を支配する。  さらにこのモルガン財閥の背後には、ナポレオン戦争で莫大な利益をあ げ、ヨーロッパ中心に経済帝国を築き上げたロスチャイルド財閥がある。彼 らは軍需産業のブリティッシュ・エアロ・スペース、石油のロイヤル・ダッ チ・シェル、ロイターなどのマスコミ、それに金、ウラニウムを支配する。  彼らは互いに協力しながら、他の会社を倒産に追い込んだり、買収してそ の基盤を築いてきた。今では彼らだけで世界の富の90%を支配している。そ んな彼らにとって、核兵器産業は莫大な利益をあたえてくれる新しい市場だ ったのだ。  このようにして投下された原爆は広島では20万人、長崎では10万人の命を 奪った。また、原爆による放射能は人の遺伝子を破壊し、多くの人に悲惨な 後遺症を残した。アメリカは爆撃後すぐに調査団を送りこんだが、それは人 体実験の結果を調査するためであって、被害者の救済には役立てられなかっ た。終戦直後、国際赤十字社のジュノー博士が被爆の状況を視察した後に被 爆者を救うために赤十字本部に救援物資を要求したところ、アメリカは当時 新兵器の原爆の情報と自らの残虐行為を隠すためにジュノー博士の行動を阻 止した。その結果、多くの救われる可能性のあった人たちが、救いの手を差 しのべられずに死んでいった。   [『いま核兵器をなくす道は』(P.29)、非核の政府を求める会(編) (1993)、新日本医学出版社]  以上のように、日本のマスコミや学校教育がわたしたちに教えている原爆 投下の理由は、アメリカにとって都合のいいウソであり、わたしたちはだま されてきたのだ。 3.ペリー来日〜日露戦争  日本とアメリカの関係は、1853年のペリー艦隊の侵入に始まるが、わたし たちが学んだ教科書では、アメリカが太平洋で捕鯨を行なっており、その補 給港を求めに来たことになっている。ところが真実は、アメリカはこのとき に日本を占領して植民地にしようと考えていた。  このときアメリカは、南北戦争で忙しく、武力で威嚇しつつ日本に対して 不平等条約を結ばせるにとどまった。とはいえ、日本はアメリカ優位の貿易 と無謀な通貨政策を押しつけられ、物価は高騰し、民衆の生活は非常に苦し くなった。その状態を立て直すべく日本は大陸に向かうことになった。そこ で大国ロシアと衝突することになる。  これが1904年に幕を開けた日露戦争だ。当時の日本にはロシアと戦う余裕 はなかった。日本銀行の金庫にはわずか1億円あまりしかなかったのである。 その日本が戦争に踏み切ったのは、アメリカのク−ン・ロエブ財閥の融資が あったからだ。この融資の背景には、日本とロシアを戦わせることによって 両国の力を消耗させ、大陸における漁夫の利を得ようというアメリカやイギ リス、フランスを中心とした多国籍企業の企てがあった。  日本が奉天、旅順、日本海で勝利を収めたこの戦争は、セオドア・ルーズ ベルト・アメリカ大統領の仲介によるポーツマス講話条約をもって終結する ことになる。しかし、その内容はアメリカの中国における権益やフィリピン などの植民地を守ることを最優先したものであった。数十万人の死傷者をだ し、重税に苦しみながら勝ったにもかかわらず、アメリカ本位の条約を押し つけられたことに対して、国民は抗議運動を起こした。その波は、日比谷公 園に始まり全国各地に広まっていった。 4.アメリカのアジア支配  さて、日露戦争後、日本は欧米列強の圧力に対抗しようとする。しかしア ジアには、すでにアメリカの手が伸びており、アメリカの植民地となった東 南アジアに対して、日本は何の発言権もなかった。  1921年以降アメリカは保護主義政策をとって、日本製品を締め出しにかか り、1924年にはアメリカで排日移民法が制定され、日本人の移民が制限され た。この人種差別は、後に日系人収容所問題を引き起こす。これは太平洋戦 争中、正式にアメリカ国籍を取得しているにもかかわらず、単に日本の血を 引いているという理由のみで強制収容所送りとなった事件である。日系人は 収容所送りになったが、ドイツ人、イタリア人はそうはならなかった。原爆 も日本にだけ落としている。アメリカは日本人に対して特別な敵意をもって いるのだ。後にその収容所内の若者は、アメリカへの忠誠を示すという理由 でヨ−ロッパ戦線へ駆り出され、常に白人の盾となるように最初に突撃させ られた。  1940年から41年にかけて、アメリカは次々と日本への石油をはじめとす る輸出制限を行なった。  1941年7月には、アメリカにある日本人の資産を凍結し、イギリス、オラ ンダらと共同行動をとって、鉄、石油を含む対日貿易をすべて停止するとい う「ABCD包囲陣」を敷いた。  このようにアメリカは日本を追い詰め、日本を挑発した。もちろん戦争で 莫大な利益を上げるためだ。 5.真珠湾  日本は9月6日の御前会議において、対英米戦を決意し、10月下旬までに戦 争準備を完了するよう指示した。  さて、アメリカによって追いつめられた日本は、真珠湾のアメリカ太平洋 艦隊を攻撃目標として作戦を開始した。アメリカの宣伝によって、真珠湾の アメリカ艦隊が突然攻撃されたことにされている。しかし当時の日本の暗号 はすでに解読されており、その情報はアメリカやイギリスにつつぬけだっ た。  開戦間近を感じとっていた太平洋艦隊の司令官であるリチャードソン提督 は、再三本国に対して、空襲に弱いハワイから本国への帰還を要請した。し かし、ル−ズベルト大統領はそれを拒み、リチャードソン提督を解任し、艦 隊を足止めさせた。そして新鋭の航空母艦を中心とする機動部隊のみを退避 させ、旧型艦を残し、爆撃されやすいようにきちんと並べ、日本軍にやられ るのを待った。  アメリカは、12月6日、日本がアメリカに対して翌日開戦するという情報 をつかんだ。また、翌7日午前には、日本の宣戦布告はワシントン時間の12 月7日の午後1時に、国務長官に通告されるという確実な情報を得た。つま り、アメリカは真珠湾攻撃を事前につかんでいた。   [『小さくなるアメリカ』(PP.91-95)、大前正臣、サイマル出版会]  真珠湾攻撃に関して、当時のイギリス首相であるチャ−チルも、ル−ズベ ルトとその側近が、日本の意図について詳細に知っていたと証言している。  こうして、ルーズベルトは、日本に先制攻撃をさせることによって、当初 は第二次世界大戦参戦に反対であったアメリカ国民の世論を動かし、アメリ カ合衆国を参戦させるとともに、日本に戦争の責任を押しつけることに成功 した。日本は世界の悪役にされ、アメリカはペリ−以来、念願の日本占領に 成功することになる。 6.ヴェトナム戦争  アメリカの横暴さは、ヴェトナムにも見ることができる。  アメリカは第二次大戦を遥かに上回る、物量と軍事力をベトナムに投入し た。そして、なりふり構わず、殺人と国土の破壊を繰り返した。  ここでも彼らは真珠湾攻撃の時と同じようなトンキン湾事件を仕組んだ。 そしてその事件を北ベトナムが起こしたとして戦争を拡大した。アメリカ軍 は1965年から1969年にかけて64万3千トンもの爆弾をベトナムの民衆の頭 上に投下した。よく、ベトナム戦争でアメリカは1兆ドルもの戦費を支出し、 経済状態が悪化したというが、この莫大な戦費は国民の血税で賄われ、軍需 産業を中心とした多国籍企業は莫大な利益を上げているのである。 7. フッパ思想  そしてそのアメリカを動かしているのが、たった300家ほどのエリート階 級である。彼らは政略結婚によって一つの大きな家族を形成し、その親戚関 係は世界にまたがっている。この大ファミリーはいくつもの顔を持ち、その 一端を巨大財閥が支配する多国籍企業といった経済分野や、フリーメーソ ン、イルミナティといった宗教の分野に見ることができる。  そのまとめ役が「三百人委員会」と呼ばれる、影の政府である。この影の 政府こそが近代の戦争をすべて操ってきた。それを実行してきたのが、ルー ズベルト、トルーマン、レーガン、ブッシュ、クリントンといったアメリカ 歴代大統領の大部分や、イギリスのチャーチル元首相といった政治家であ り、彼ら全員がフリーメーソンの会員だった。  そしてこのベトナム戦争では、枯葉剤などの化学兵器を実験したのであっ た。なぜ彼らは新兵器の実験をアジア人に対して行なうのか。彼らの思想の 背景にはこのようなものがある。 「異教徒をだますことは差し支えない」 「異教徒を殺してもわれわれは罪を問われない」  これは、彼らの経典に書かれているものであり、彼らは数千年にわたって このような価値観を受けついできた。この「自分たちは人間で、他は獣であ る」という思想は、彼らの価値観の中心にある。だからこそ、原爆や細菌兵 器といった様々な兵器で、何億人殺そうと、彼らは全く気にしない。それは ちょうど、僕たちが牛や豚を食べるように、彼らは自分より下に見ている人 たちを食いものにすることに何ら疑問を感じないのである。  彼らは、わたしたちを動物のように殺すことを計画している。わたしたち は、このように殺されることが予定されているのである。  そんな彼らは、自分たちこそ世界をコントロールするのにふさわしいと考 えている。そんな彼らのためだけの世界観、それが「新世界秩序」だ。彼ら はその実行機関である「統一世界政府」をつくりあげ、僕たちを支配しよう というのだ。その計画を実行するために世界各地で戦争を起こし、兵器を売 りつけては儲け、国を没落させては奪ってきた。ブッシュ・アメリカ前大統 領が国連や議会で「新世界秩序」という言葉を堂々と用いるようになったの は、彼らの計画が完成間近の証拠だ。そして、彼らの意を受け日本の政治を 動かしていた小沢一郎は、「新世界秩序」という言葉を使い、彼らと連帯し て動いていることを示している。   [『悪魔の使者 小沢一郎』、ヤコブ・モルガン(著)、忍野昭太郎( 訳)(1994)、第一企画出版][『日本改造計画』(P.118)、小沢一郎(1993)、 講談社] 第2章 パナマ侵攻 1.パナマ運河  アメリカの小国に対する横暴は枚挙にいとまがない。1989年には、パナマ の独裁者ノリエガ将軍を麻薬密輸の容疑で逮捕するという名目で、アメリカ 軍はパナマに侵攻した。独裁者を追い出し民主主義を敷くという大義名分と は裏腹に、パナマ運河を自らの支配下におこうというのが本心だった。  1989年12月19日、パナマの人々がクリスマス準備をしていたころ、アメ リカ合衆国では密かにパナマ侵攻の準備が進められていた。日付が12月20日 に変わって間もなく、アメリカ軍のパナマ侵攻作戦は開始された。  まだ、眠りの中にあったパナマの街に、アメリカ軍2万6000が一斉に襲い かかった。激しい攻撃は3日間におよんだ。その間、多くの市民が家を焼か れ、命を失うことになった。 ――V・バン・イスラー(アメリカ人ジャーナリスト)「アメリカのニュー スメディアはノリエガのことばかり取り上げ、人々の関心をこの一点にひき つけました。侵攻の犠牲になったパナマ人の死亡者や負傷者については触れ なかったのです」  アメリカとパナマ。両国間の関係は常に、パナマ運河をめぐる利権が絡ん でいた。パナマは、かつてコロンビアの一部であったが、アメリカはパナマ 運河建設の利権を手にするため、パナマの独立を支援することになる。1903 年、アメリカの軍事的支援を受けて、パナマはコロンビアからの独立を果た した。これと同時にアメリカは、運河建設プロジェクトをフランスから引き 継ぐことに成功する。フランスとアメリカの間で進められた条約交渉によっ て、アメリカは幅10マイルのカナルゾーン、つまり、運河地帯の主権を永久 に手にすることになった。  そして、この条約の締結後、アメリカは即座に運河地帯を軍の支配下にお いたのである。1977年アメリカ合衆国とパナマの関係は、新たな局面を迎え る。カーター大統領と当時のパナマ指導者トリフォス将軍の間で、パナマ運 河の主権をパナマに返す条約が結ばれたのである。条約では、アメリカがパ ナマから軍隊を撤収すること、パナマ運河をめぐるすべての権利が1999年 12月31日を境に、パナマに返還されることが約束されていた。しかし、アメ リカでは、保守派の多くが新条約に激しく反発した。 ――レーガン(当時米大統領選候補)「パナマ運河一帯の主権はわが国のも のです。アラスカやルイジアナと同様に。アメリカが代金を支払って所有し てきたのです」  1980年11月、パナマ運河返還に反対するレーガンは、大統領選挙でカー ターを破り、地滑り的勝利をおさめた。その8カ月後、パナマの運河返還条約 に調印したトリフォス将軍が突然の飛行機事故で死亡。当局は、飛行機が山 肌に激突したのだと発表したが、飛行機が空中で爆発したという目撃者の証 言もあった。将軍の死は公式には事故死とされたものの、事件の背後ではノ リエガ将軍やCIAの陰謀説がささやかれてきた。 2.ノリエガ将軍  トリフォス将軍の傍らで権力を握るチャンスを待ちかまえていた、マヌエ ル・ノリエガ。当時ノリエガは、パナマ軍情報部司令官の地位にあり、CI Aにとっては、重要な情報提供者であった。ノリエガは、60年代からCIA と深く関わってきたのである。ノリエガは、CIAの後ろだてを得て、1983 年8月、ついにパナマ軍最高司令官に昇りつめた。これまでノリエガは、中南 米におけるアメリカの作戦に協力的であったが、次第にアメリカの中南米政 策に反発するようになっていく。  結局、ノリエガは、アメリカが望んだイエスマンにはならなかった。彼の この態度は、時のレーガン政権の怒りを買うことになる。アメリカの態度の 変化を見て、ノリエガの反対派が彼の追い落としにかかった。殺人、汚職、 麻薬密輸など、それまではアメリカへの協力に免じて見逃されてきたノリエ ガの罪が、せきを切ったように暴露され、アメリカ国内のメディアはそれを 大々的に報道した。しかし、ノリエガは、アメリカの圧力に屈せず、1989年 のパナマ大統領選挙に勝利する自信にあふれていた。アメリカは、このパナ マ大統領選にも画策の手を回し、ノリエガの敗北を狙う。ブッシュ政権はノ リエガ派に対立する大統領候補エンダラの陣営に1000万ドル以上の資金援助 を行なったといわれる。結局、大統領選は不成立に終わり、パナマの国会は 非常事態を宣言。ノリエガを国家元首として選出した。この後、アメリカは パナマ軍の内部からノリエガに対する反乱が起こるよう画策していく。  1989年10月、アメリカの協力を頼みに、クーデターは実行に移された。 しかし、肝心な局面でアメリカ軍はノリエガに逃げ道を与え、反乱軍を見殺 しにする結果となった。ブッシュ大統領は、このクーデターにアメリカが関 与していた事実を否定したが、それは、クーデターの前に彼が口にした、ノ リエガ失脚を望む言葉とは裏腹なものだった。 ――D・バーン(アメリカ人記者)「アメリカはノリエガに反感を持つ将校 をけしかけて、反乱を起こさせ、それが失敗することを最初から狙っていま した。パナマ国防軍内部の反乱分子が、ノリエガを倒すチャンスをつぶし、 アメリカ自身がやらなければならないという状況を作りました。これが、ノ リエガもろともパナマ国防軍を叩きつぶすアメリカの戦略だったのです」 3.パナマ侵攻  12月20日の真夜中、アメリカ軍がパナマに侵攻。アメリカ軍はパナマ国内 27カ所を同時に攻撃した。首都パナマシティでは、パナマ国防軍本部が最大 の攻撃目標となり、周辺に住む人々の家も無差別に爆撃された。  アメリカ軍は、国防軍本部に乗り込む前に、その周辺を4時間にわたって包 囲し、降伏を呼びかけた。 ――A・バンクロフト(パナマ難民委員会代表)「降伏の呼びかけから10分 ほど経つと、ヘリコプターの音がして爆撃が始まり、私たちは地面に叩きつ けられたんです。アメリカはレーザー光線も使っていました。アメリカ軍の 攻撃が、軍関係の施設だけでないことはすぐにはっきりしました。  爆撃が数時間続いた後、アメリカ兵が言いました。全員手を上げて出てこ い。そして彼らは私たちを教会に連れて行ったんです。朝の6時ごろだったで しょうか。突然教会の前の建物が燃え出したんです。その中に全財産を置い てきた人たちは、火を消すために教会から走り出ようとしました。するとア メリカ兵は、空に向けて威嚇射撃をしたんです。みんな教会に走って戻りま した」  アメリカ軍はパナマを、新しく開発されたハイテク兵器、ステルス戦闘機 やアパッチ・ヘリ、レーザー誘導ミサイルなどの実験場とした。まだ開発途 上の兵器をその威力を試すために使ったのである。 ――C・サイモン(パナマ大学教授)「われわれは戦闘員たちの証言を手に 入れました。レーザー光線にやられて、文字どおり熔けて死んでしまった者 がいるそうです。レーザー光線は自動車をまっ二つにすることもできます。 こうした恐ろしい威力を持つ兵器が使用され、そのためによりいっそう多く の血が流されることになったのです」 ――R・クラーク「高性能の兵器が単なる実験の目的で使用された可能性は 非常に高いと思います」  元アメリカ司法長官のR・クラークはパナマ侵攻に関する調査の指揮にあ たってきた。 ――R・クラーク「使用を避けるべき場面でも、不必要に兵器が使われてい ました。正当性のない、度を超えた兵器の使用があったのです。そのため に、計りしれない犠牲が生まれ、侵攻の傷跡が深くなっていきました」 ――M・ハーツガード(アメリカ人ジャーナリスト)「人口が密集している 都市部にも砲撃や空襲は行なわれました。市民の中に数しれない死傷者が出 たことは疑いようもありません。しかしアメリカは、そんなことにはおかま いなしでした」  爆撃が一段落した後も、アメリカ軍による破壊的な行為は続き、武器を持 たない市民がその犠牲となった。目撃者の証言では、多くのパナマ人がアメ リカ兵に捕らえられ、処刑されたという。  オリバーディアさんは、多くの犠牲者を出した、チョリージョ地区のコミ ュニティリーダー。彼はパナマ侵攻の翌朝、強制収容所に連行された。 ――R・オリバーディア「近くの高校が収容所代わりに使われていて、そこ に連れていかれたんです。収容所にはパナマ軍兵士もたくさん収容されてい ました。彼らは何が起きているのかわかっていないようでした。手足を縛ら れて、草の上に座らされていたんです。私はチョリージョ地区から連れてこ られた他の人々と一緒にいて、目の前で処刑が行なわれるのを見ました。入 り口の側にいたパナマ兵8人が、アメリカ兵に殺されたんです。  パナマ侵攻の際、国防総省は、アメリカの主だったニュースメディアから 16人の報道陣をアメリカからパナマに送った。しかし、この4人は侵攻開始 から4時間が過ぎるまでパナマに入ることができなかった。しかも、彼らはパ ナマに入ってからも36時間の間、アメリカ軍の基地から出ることを許されな かったのである。  ――E・キャロル(海軍准将米国防情報センター)「報道陣はパナマに入 ったその日からアメリカ政府に都合よく利用されたんです。彼らはアメリカ 政府、アメリカ軍が見せたいと思う場所にだけ連れていかれました。侵攻に よってパナマが負った傷跡は隠され、報道されなかったのです」  独自の取材を試みたジャーナリストたちは、アメリカ兵に阻止され、攻撃 のあった地域に入ることができなかった。アメリカ軍はまた、パナマの報道 機関を麻痺させた。ラジオ局を破壊し、テレビ局を占拠して軍の暗号送信に 使ったのである。多くのジャーナリストが逮捕され、パナマを代表する日刊 紙、『ラ・レプブリカ』の社屋も襲撃と略奪にあい、新聞は休刊に追い込ま れることになった。アメリカ軍はパナマにおけるニュースメディアを極めて 効果的に支配した。そのため、侵攻直後の3日間の様子を伝える映像は、ほと んど残されていない。 ――P・スコット(カリフォルニア大学教授)「ベトナム戦争の時代にはな かった、新たな報道規制が行なわれたのです。だから合衆国の市民はすべて が終わるまで、パナマで起きた真実を知りませんでした。ゴルバチョフが、 それまで旧ソ連で行なわれていた厳しい報道規制を取り払おうとしていたそ の同じ時期に、アメリカ合衆国で全く逆の現象が起きていたとは、なんとも 皮肉なことです」  アメリカ軍は新たに就任したパナマ政府のメンバーとともに、鎮圧政策に 乗り出した。公共の施設、官庁、大学を支配下に置き、反アメリカ的な立場 をとる団体のオフィスを破壊し、何千人もの人々を逮捕したのである。 ――L・バーンズ(中南米評議会)「副大統領カルデロン、大統領エンダ ラ、そして司法長官クルツ。彼らは政敵の名前を書き連ねてアメリカ軍に渡 しました。自分たちにとって都合の悪い相手を片っ端からブラックリストに 挙げたのです。アメリカ軍はこのリストにあった人々の家に乗り込み、彼ら を収容所に連行しました。エンダラたちがリストに挙げたという、それだけ の理由で拘束されたのです。法的な正当性はどこにもありませんでした」 ――V・バン・イスラー(ジャーナリスト)「逮捕の危険を感じた政治家た ちは身を隠さなければなりませんでした。元官僚や外交官、大学教授といっ た人々が逮捕され、次々に難民キャンプに送り込まれていきました。投獄さ れた人もいます」 4.アメリカの真意  パナマでいったい何人の市民が死亡したのか、そして、彼らの身元は。こ の問いに答えが出ることはないだろう。犠牲者の亡骸がどこにあるのか、ア メリカ軍はその真実を隠し通そうとしている。 ――市民「子どもたちも、妊娠中の女性も、若者も老人も兵士も死んでいき ました。政治にもパナマ侵攻にもノリエガ政権にも関係のない人々が犠牲に なって死んでいったのです」 ――R・クラーク「アメリカ軍による侵攻の犠牲となったパナマ人の数は、 調査にあたった組織によってまちまちです。国連人権委員会は死者2500人と 見積もっていますし、二つの異なる人権擁護機関が独自に行った調査では 2500から3500となっています。また、パナマの民間団体が出した数字はお よそ4000。いずれにせよ、たいへんな犠牲者の数です」 ――白人女性「独裁にうんざりしてたの」 ――インタビュアー「侵攻については?」 ――白人女性「侵攻じゃないわ。アメリカは助けてくれたの。合衆国に感謝 してるわ」 ――M・バレンティ(カリフォルニア州立大学教授)「アメリカの侵攻をど う思うか、パナマ人にインタビューするとき、彼ら(アメリカのメディア) は決まって英語が話せる白人にマイクを向けました。爆撃の犠牲になった貧 しい人々のところに行くことはなかったのです。爆撃にあって家族も家も失 った人々に話しかけたメディアが一つでもあったでしょうか。アメリカのマ スコミはパナマ侵攻の戦術的な側面にしか焦点をあてていませんでした」  「今日の戦闘では米兵15人が死亡」  「死亡したアメリカ人は現在15名。負傷者は100名以上」  「さらにアメリカ市民1人が死亡」  「アメリカ女性が流れ弾の犠牲となり、アメリカ市民の死者は20名に」 ――M・バレンティ「アメリカのニュースメディアは徹底してアメリカ人の 命だけを大切に扱っていました。アメリカ人の命だけが貴く、アメリカ人の 死だけが痛ましいとでもいいたげな報道の仕方でした」 「今夜は侵攻についての大統領のコメントでお別れです」 ――ブッシュ前大統領「全ての人の命は貴いものですが、パナマ侵攻は高い 代償を払うに値する作戦でした」  パナマ侵攻の際、アメリカ軍は、数知れぬパナマ人の死体をまとめて穴に 埋めていた。 ――J・モリン(パナマ人権擁護センター)「死体が大量に投げ込まれた穴 は、共同墓地と呼ばれています。現在確認されている共同墓地は15ありま す。パナマの人々を殺してこれらの共同墓地に埋めた責任は、紛れもなくア メリカ軍にあります。共同墓地はパナマのいたる所で発見されており、アメ リカ軍の基地内にも存在していると見られています」  パナマ侵攻は、アメリカ国内では支持を得た。しかし、国際社会では圧倒 的な非難の声を浴びることになった。 ――J・モリン(パナマ人権擁護センター)「国際法の条項のどこを調べて も、パナマ侵攻は違法です。パナマ侵攻は国連憲章にも、米州機構の憲章に も違反しています。どちらの憲章にも主権国家に対する侵害や他国の領土へ の侵攻をはっきりと禁じています。こうした禁止条項は国際法のもとでは極 めて明確です。パナマ市民を無差別に攻撃したアメリカの行為は人権擁護を うたったジュネーブ会議の決議にも反するものです」 ――E・キャロル(海軍准将 米国情報センター)「ブッシュ大統領はパナ マの民主主義を守るために侵攻しなければならなかったと言いました。一体 どうやって存在したことのないものを守ろうというのでしょう。1903年に独 立国家となった時からパナマに民主主義などありませんでした。アメリカは 再びパナマを支配するために侵攻したのです」  ブッシュ政権はまた、ノリエガを政権の座から追い、アメリカに流れ込む 麻薬をシャットアウトするためパナマに侵攻したのだと主張した。しかし、 アメリカ会計検査院の報告書によると、現在のパナマ政権の主要メンバー が、麻薬取引に関係している証拠が数多くあり、麻薬の取引量も、侵攻時の2 倍に増えていると指摘している。   [『パナマ侵攻』、エンパワーメント・プロジェクト]  いつでも「正義」をふりかざすアメリカ軍が麻薬組織を壊滅できない理由 は何か。それは、はじめから麻薬組織を壊滅する気がないのである。なぜな らば、麻薬こそが「彼ら」にとって重要な資金源だったからである。  ノリエガは、以前、アメリカ権力機構の寵児であった。彼は頻繁にペンタ ゴン、つまりアメリカ国防総省を訪れ、その度にアラブの王族のような待遇 を受けていた。彼はブッシュ前大統領とさえ、少なくとも二度面談してい る。また、バージニア州ラングレーにあるCIA本部を訪れたこともある。  そんなノリエガがアメリカに刃向かうようになった。そこで慌てたのがパ ナマに手を伸ばしていた銀行家たちであった。ノリエガがアメリカの手を離 れると、彼らの陰のビジネスである麻薬取引が制約を受けるからである。麻 薬取締局(DEA)の元取締官はこう述べている。 「マヌエル・ノリエガを(アメリカが)誘拐したおかげで、パナマ経由のコ カインとカネの流れがもっと簡単になるだろう。あんなにたくさんの銀行が あそこにはあるからね」   [『三百人委員会』(P.198)、ジョン・コールマン(著)、歴史修正学会 (訳)(1994)、徳間書店]  彼らの麻薬取引の歴史は古い。その例を、清とイギリスの間に行なわれた アヘン戦争にみることができる。当時のイギリス統治下のインドの歳入の1 3%は、良質のベンガル産アヘンを、中国のイギリス人麻薬供給業者に売って 得たものであった。  七つの海を支配した大英帝国は、アヘン貿易の利益の上に成り立っていた のである。アジアを中心としたアヘン貿易で利益を上げたのは、アメリカの 富豪たちも同様である。例えば、真珠湾攻撃を演出したフランクリン・ルー ズベルト大統領の婦人の出身であるデラノ家もその一つである。また、ニュ ーヨークのマンハッタン島の不動産を買い占めたアスター家も同様である。  『三百人委員会』を著したジョン・コールマン博士は、中国のみならず、 日本人をアヘン常用者にする計画もあったという。もっとも、博士自身が述 べている通り、失敗に終わったのであるが。  このように、国家ぐるみで麻薬で暴利をむさぼる政策は現在にも受け継が れており、アメリカ軍がパナマに侵攻し、その結果、パナマの麻薬取引が2 倍に増えたこともその一例にすぎない。  また、アメリカ国内の世論を反ノリエガ色に染めるため、「彼ら」はメデ ィアを徹底的に利用した。  侵攻の前にも後にもアメリカ政府と主だったメディアは首尾一貫してマヌ エル・ノリエガを憎むべき極悪非道の敵とし続けた。 ――L・バーンズ「ノリエガ将軍のイメージは、伝説的な悪人になっていき ました。悪の化身として、イメージが作り上げられていったのです。ノリエ ガが捕まったとき、彼の執務室から赤いパジャマや呪いをかける道具、ノリ エガ自身が常用していたコカイン、それに、わいせつな写真といったものが 発見されたと伝えられました。これは非常に面白いことです。チリでアジェ ンデ大統領が失脚したときにも、大統領執務室の机から赤いパジャマとわい せつな写真とコカインが見つかったと報道されたのです。パナマの将軍とチ リの大統領にその手の同じ趣味があったというのはいかにも出来すぎた話で す」 ――J・マルチネス(パナマ大学教授)「ノリエガに対する反感を煽るよう に仕向けた報道は、パナマ侵攻の口実づくりに一役買いました。ノリエガを やっつけるために侵攻したというわけです。でもアメリカ人はこれを真に受 けるほど愚かなのでしょうか。例えば、アメリカ軍はいったんはノリエガを 追いつめ、捕まえるチャンスを手にしながら、肝心な局面で彼に逃げ道を与 えてしまいました。しかし、これもアメリカの計略に入っていたんです。彼 らが本当に狙っていたのはパナマ軍を叩きつぶすことでした。ノリエガはそ の後で捕まえればよかったわけです」  アメリカ政府は当初、パナマ侵攻の理由の中で、パナマ国防軍をつぶすこ とには触れていなかった。しかし、後に、国防軍の排除こそが重要な目的で あったと認めることになる。 ――M・サーマン(アメリカ南方軍司令官)「ノリエガ政権の中枢すべてを 排除する必要がありました。ノリエガと彼の支持者を倒し、パナマ国防軍を 完全に叩きつぶすのがねらいでした」 ――B・ペリナン(パナマ国会議員)「アメリカ軍が本当に望んでいたの は、西暦2000年以降もパナマに駐留し続けることでした。パナマ国防軍を無 力にし、パナマ政府にいいなりになるよう強要し、パナマを中南米における 合衆国のコントロールセンターにする、そのためにアメリカ軍はパナマに侵 攻したのです」  パナマ侵攻の結果、推計で2万人のパナマ人が家を失ったといわれる。もっ とも犠牲が大きかったのは、サンミゲリト、コロン、パナマビエホ、そして チョリージョといった地区であった。最下層の人々が肩を寄せ合って暮らし ていた場所がアメリカ軍の爆撃によって廃虚と化したのである。 第3章 エイズ 1.生物兵器    このようにアメリカは、様々な悪魔の兵器を開発しているが、その中でも 恐怖の兵器として生物兵器がある。実は、あのエイズこそアメリカが開発し た生物兵器だったのである。  エイズは中央アフリカのザイールで発生、カリブ海のハイチを中継してア メリカに伝播したという説が、アメリカの宣伝によって世界中に浸透し、今 や常識と化している。しかし、医学的観点から検証していくと、この説には 何ら証拠がないばかりか、多くの矛盾に満ちている。  アメリカが、真相を隠すために偽情報を流しているのである。真相は、ア メリカ以外の場所で暴露された。  1984年7月4日付のインドの有力紙、『パトリオット』は、次のように報 じた。「アメリカ陸軍の生物・化学戦研究所センター、フォート・デトリッ クで人体の免疫システムに関するプロジェクトが組まれ、遺伝子工学的手法 によって未知の新型ウイルスが人工的に生み出された。それが、エイズウイ ルスである」  また、1986年に東ドイツのセーガル兄弟が、小冊子で真相を暴露している し、同年10月26日付のイギリスの夕刊紙、『サンデー・エクスプレス』など でもエイズ疑惑が報道されている。日本でも医師兼医療ジャーナリストの永 井明氏が『仕組まれた恐怖』という著書の中で、エイズが生物兵器であるこ とを論証した。   [『仕組まれた恐怖』(PP.35-67)、永井明(1986)、講談社]  生物兵器であるエイズ・ウイルスの開発と伝播の経緯はこうである。  フォート・デトリックと呼ばれる、アメリカの生物化学兵器研究センター では、アフリカミドリザルを使って、そのアフリカミドリザルが感染してい るウイルスに遺伝子操作を加える試みがなされた。  1969年2月、実験ザルの間に奇病が集団発生する。その症状は、元気だっ たサルが突然高熱を発し、全身のリンパ腺がはれ、下痢を繰り返すという症 状のあと、体重が極度に減少、免疫不全に陥り感染症併発して死亡するとい うものであった。この症状はまさにエイズそのものである。この奇病は、フ ォートデトリックの遺伝子操作によって人為的に生み出された、アフリカミ ドリザルの変異ウイルスによるものであった。すなわち、その変異ウイルス こそがエイズウイルスだったのである。  1970年代に軍刑務所の囚人に対して人体実験。アメリカでは、刑期短縮と の引きかえに、生体実験のボランティアを募ることは通常のことである。  1970年代末、エイズが突如として発生する。エイズ・ウイルスを植えつけ られた囚人たちの釈放後の社会生活を通じてエイズの伝染が始まったのであ る。また、エイズが集中発生した場所は、サルが実験された場所と符合して いた。  1987年ころ、告発した日本人医師の銀行口座に、口止め料として25億円 が振り込まれる。  そして今までに開発にかかわった約400名が暗殺された。内部告発した科 学者も生命の危機におびえている。 2.血液製剤  彼らは、この生物兵器を1978年、WHOを使い、天然痘ワクチンにエイズ ウイルスを植え込み、一億人以上に接種するという形で実験を行なった。  さらに、彼らはエイズがアメリカで話題になりはじめた後も、エイズウイ ルスが混入された血液製剤を日本に輸出し、日本にエイズの種を植えつける ことに成功した。  1983年1月4日、アメリカ、ジョージア州アトランタ。この日、CDC― ―アメリカ国立防疫センターは、全米の血液関係者を集めて重大な会議を行 なった。  CDCが行なった半年間の調査によれば、全米ですでに8人の血友病患者が エイズを発病し、その他に3人がエイズと疑われていた。この11人はいずれ も血液製剤を使っていた。会議から2カ月後1983年3月、アメリカ政府は感 染原因が血液中のウイルスではないかと考え、加熱処理をした血液製剤を緊 急に認可した。  しかし、日本で加熱製剤が認可されたのは1985年7月、アメリカに遅れる こと、2年4カ月後であった。この間、日本では熱処理をしない非加熱製剤が 使われ続けたのである。  なぜ、2年4カ月もの間、日本の血友病患者たちは危険にさらされ続けたの だろうか。アメリカで警告が発せられた1983年以来、日本の厚生省とその関 係者は、この事態をどう受けとめていたのか。その全容は今まで明らかにさ れてこなかった。  血液製剤が危ないという情報は、日本でも入手可能なCDCの機関誌や、 外国の医学雑誌などを通して次々に伝えられていた。  こうした情報を厚生省の担当者に直接送り続けた研究者もいた。  1983年6月に、日本にエイズの実態把握に関する研究班がつくられたが、 その研究班では本来とるべき対策をわざと遅らせる結論を出したのである。  血液製剤の輸入量は年々増加し、この時期、90%以上をアメリカからの輸 入に依存していた。日本の血液製剤の薬価はアメリカに比べて9倍の高さで、 血液製剤メーカーにとって、日本は魅力的な市場と映っていた。  そしてCDCの警告にもかかわらず、83年84年と輸入量は増えつづけた。 血友病患者にエイズが広がる図式は確実に出来上がりつつあったのである。  83年7月、第2回研究班の席上、国内の血友病患者の中にエイズ患者がいる と報告されたが議論が分かれ、認定には至らなかった。  だが、これは日本にもエイズが忍びよっているという、危機感を持たせる のに十分な情報だった。  このように非加熱処理の血液製剤によってエイズが感染することは十分に わかっていたにもかかわらず、1985年7月まで日本には汚染された血液製剤 が輸入され続けたのである。そこには何か大きな力が働いていたとしか考え られない。日本の厚生省は2年間にわたり、血液製剤が汚染されエイズの原因 になることを知りながら隠し続けたのだ。  アメリカのトラベノール社は、1983年6月、日本に汚染された血液製剤を 出荷していた。 ――「あのですね、この文章を見ていただけませんか」 ――塩川「あ、この文章、今始めて見ましたですね。ええ、これだけのこと 知っていると知らないとやっぱり、自分の考えがずいぶん違いますよね」  研究班の9人全員がこの事実を知らないと答えた。中でも塩川委員は、1本 でも危険な製剤が入っていれば他の製剤にも危険性がある、この事実を知っ ていれば緊急輸入の議論は変わっただろうと語った。厚生省は、なぜ研究班 にこの報告をしなかったのだろうか。  当時、厚生省生物製剤課長だった郡司篤晃(ぐんじ・あつあき)氏。 ――郡司「この事例についてどういう風に話し合ったか、ちょっと記憶はし てません。しかしわたくしが個人的に判断するってことはありません」  厚生省で郡司氏が判断をあおぐ立場にあったのは、薬務局長であった持永 和見(もちなが・かずみ)氏であった。持永氏はその後、衆議院議員になっ ていた。  なぜ研究班に情報を伝えなかったのか。 ――持永「それはわたくしに聞かれてもねえ、それはだってその直接のね、 研究班のね、所管は生物製剤課長なんですから。それはわたしに聞かれても 何とも申しあげかねますねえ」  郡司氏は自分一人で決めたのではないと言い、上司の持永氏は郡司氏の判 断で行なったのだろうと答えた。しかし、この重要な情報が公開されなかっ た理由を二人は答えなかった。  加熱製剤の緊急輸入の道が閉ざされた83年の夏、7万6000本の非加熱製剤 が日本に入ってきた。  厚生省エイズ研究班の内部資料。ここには、1983年7月の第2回会議で一 人の血友病患者がエイズであるかどうかを巡って議論が戦わされたことが記 されている。この患者は、エイズ研究班の安部委員長から報告された48歳の 男性であった。この患者をめぐって、安部委員長一人がエイズだと主張した が、他の委員の同意は得られなかった。しかし、このとき患者はすでに体中 にカビが生えるなど、エイズ特有の症状が現われ、免疫も極度に低下し、7月 に死亡した。  1983年夏、厚生省のエイズ研究班で議論が続いていたころ、全国各地の病 院で、免疫機能の低下を示す血友病患者が次々と見つかっていた。金沢大学 の医師グループは、83年の夏、アメリカの医学雑誌に触発されて、自分の病 院で治療中の血友病患者の血液を調べてみた。これは、免疫機能を数値化し たものである。アメリカのCDCの基準では、この数値が1.0を割ると、エイ ズの疑いが濃厚であるとされていた。この病院では、14人中11人が、1.0を 大きく下まわっていた。  宮脇氏は、自分の患者たちの中にエイズと疑われるデータが出たことに驚 き、厚生省の免疫不全に関する研究班で発表した。しかし発表後、厚生省お よびそこに出席した関係者の中からは何の質問もなく、なぜか全く問題にさ れなかった。 3.罠  このように日本の厚生省は、日本人にエイズウイルスを植えつけるため に、危険性を示す情報をすべて握りつぶしたのだ。そして、アメリカ最大の 血液製剤メーカーのカッター社は、エイズに感染したホイットフィールドの 血液によって汚染された血液製剤をわざわざ日本に輸出していたことが、N HK取材班の調査などにより明らかとなっている。  今回調査した結果、ホイットフィールドの血液が混入した問題の16ロット の製剤のうち、2つのロットが海外輸出用になっていた、ナンバー8465と 8466である。日本は世界最大の血液製剤の輸入国である。ホイットフィール ドの製剤が入っていないかどうか調査を続けた。  1983年、問題の二つのロットは日本に来ていた。このうちロットナンバー 8466は、検定の途中でカッター社が取り下げ、回収されていた。しかし、ロ ットナンバー8465は、検定を合格し、国内に入ったことが確認された。その 本数は2392本であることもわかった。  これは、カッター社の極秘文書である。驚くべきことに、今回の事件が起 こる以前に、経営陣は、将来、エイズに汚染された血液が引き起こす問題を 予測していた。世界中で訴訟が起こる可能性、100%。海外での売上が減少 する可能性、100%。そして、日本とドイツは確実に血液製剤の輸入を禁止 すると予測している。  しかし大きな力が、その後も日本に汚染された血液製剤の輸入を続けさせ たのである。  NHK取材班がカッター社に、どのような処分をしたのか問い合わせた。  数日後、カッター社から、ファックスによる回答が送られてきた。そこに は、ロットナンバー8465は、検定を取り下げたナンバー8466とともに、工 場の敷地内のドラム缶で焼却したと書かれていた。ナンバー8465のように一 度国家検定に合格した医薬品の回収や廃棄は、国立予防衛生研究所に報告さ れることになっている。 ――小室勝利(国立予防衛生研究所血液製剤部長)「少なくとも(昭和)58 年の8月に合格が出てますから、日本がそれをずーっと回収をしてきてません から、おそらく回収していないはずです。ですから、これは使われたと考え た方がいいと思います」  国立予防衛生研究所の検定をを受けた医薬品は、合格証紙を貼りつけて、 初めて薬として販売できる。合格証紙は、不正使用を防ぐため医薬品を回収 した場合、すべて返却されることになっている。カッター社の製剤に貼られ た2392枚の合格証書は、一枚も返却されていなかった。 「先日からのカッター社の件でですねえ……実際、汚染されている薬が入っ てきたことがわかった訳ですから、これは何かしなけりゃいけないというふ うに……」 ――正木馨氏(厚生省薬務局長(当時))「ですからそれはね、安全な、あ の……チェックされた薬をね……あの……輸入するように業界指導しました から。」  正木氏はカッター社の汚染ロットが日本に入っていたことを示す書類に目 を通すことを拒否した。ただ、業界の指導を行なっていたと繰り返すのみだ った。この態度からも、彼らがわざと日本人にエイズウイルスを植えつけた ことが見て取れる。  かつて、カッター社は極秘文書の中で日本の輸入禁止を予測していた。し かし、予測に反して、その後も日本は輸入を続けたのである。  ホイットフィールドの製剤が輸入された1983年、この年、およそ20万本 もの血液製剤がアメリカから日本に入った。  このようにアメリカは汚染された血液製剤を日本に輸出しながら、その事 実を否定している。   [『埋もれたエイズ報告』、NHK]  また、血液製剤を扱う日本のミドリ十字社は、フォート・デトリック研究 所と浅からぬ縁を持つ。もともとミドリ十字社は、十五年戦争における細菌 部隊として悪名高い「731部隊」の関係者が多く関わってできた会社であ る。その部隊の責任者であった石井中将は戦後、フォート・デトリックに協 力し、朝鮮戦争では、前線で化学戦の指揮をとったといわれる。  大陸で生体実験を繰り返した石井が、その残虐性を問われなかったのはな ぜか。それは、アメリカに生体実験のデータを提供することを条件に、石井 たちを見逃したのである。エイズウイルス開発の舞台となった、フォートデ トリック研究所のエドウィン・ヒル、ジョセフ・ビクター両博士は、「石井 部隊の資料は何百万ドルの出費と長年にわたる研究成果であり、このような 資料は人体実験につきものの良心の呵責に阻まれて我々の実験室では得るこ とができないものである。我々のそのデータを入手するための支出は25万円 (当時の700ドル)のはした金にすぎず、格安の買い物である」と、石井等 の免責を要求しているのである。   [『悪魔の飽食』(pp.306-307)、森村誠一、角川文庫]  そのフォート・デトリックと、731部隊の亡霊が朝鮮戦争時のように再び 手を組み、日本人にエイズウイルスを故意にばらまいたということは、想像 に難くない。  そして、日本の厚生省も、それを知りながら、日本国民に、エイズウイル スを植えつける彼らの計画に協力し、僕たちをだまし続けているのである。  そして今、日本で不気味にエイズ患者が増大しているのである。 第4章 湾岸戦争 1.クウェート侵攻  午後8時、緊急メモが大統領のもとへ届いた。イラクがクウェートに侵攻し た。  1990年、イラク軍がクウェートに侵攻して湾岸戦争が始まった。  この湾岸戦争に関して、イラクがクウェートに侵攻したのはフセイン・イ ラク大統領が悪くて、イラク軍を追い出したアメリカをはじめとする多国籍 軍が正義だと報じられている。しかし、それはアメリカがテレビや新聞を通 じて行なった、情報操作による誤った見解だ。アメリカがクウェ−トを使っ てイラクを追い詰め、暗黙のうちにイラクのクウェ−トへの侵攻を認めた。  7月25日、フセインは、グラスピー・アメリカ大使を訪問し、クウェート に侵攻するつもりはないと言明。大使は、平和外交を守るようにというワシ ントンからの訓令に従い、アメリカはイラクとクウェートの国境問題のよう なアラブ間の葛藤に対しては、意見を表明しないと述べ、さらに、ブッシュ 大統領(当時)はイラクとのよりよい関係を望んでいると伝えた。   [『CNN湾岸戦争の全貌 作戦 砂漠の嵐』、CNN] しかし、いったんイラクが侵攻を開始すると、手のひらを返したようにその 行動を非難し、大軍を派遣。しかも1991年1月15日の撤退期限も、イラクが 交渉に応じようとしたところを一方的にはねつけ、無理やり戦争へと突入し たのが真相である。   [『仕組まれた湾岸戦争』(P.77)、浅井隆(1991)、東洋経済新報社]  空爆は42日間にわたって、昼夜を問わず行なわれた。出撃回数はのべ11万 回。30秒に1回は出撃が行なわれたことになる。トマホークを省いた計算で も、弾薬の量は8万8千トンにも及ぶ。これは、広島型の原爆の6倍もの量に 相当する。誘導型の爆弾は、そのうち1割にもみたず、そのほとんどが通常の 誘導されない型の爆弾であった。だれかれとなく無差別に殺され、民間人だ けでも、11万6000人から25万人といわれる数の人々が直接、あるいは間接 的に死んでいった。イラク軍兵士は10万人以上が殺されたのだとR・クラー ク元米司法長官は報告している。 ――クラーク「イラクは自分たちの国を守るための対策を全くとっていなか ったのです。何億ドルもかけて買った戦闘機は一度も離陸しなかったので す。彼らはシェルターを求め、安全確保のために、イランへ飛び立ちまし た。これは、彼らが恐れていたわけではなく、彼らの司令官が戦闘に行って 無駄死にすることはないと考えたのです。これは戦争ではありませんでし た。陸の戦争も空の戦争もなかったのです。ただ、殺戮だけが一方的に行わ れたというくらい単純なものでした。アメリカの方は陸、海、空わせて121 人の死者が出たと言っております。この121人の多くが、間違って行なった 爆撃や事故によって、アメリカ人がアメリカ人に対して行なった殺人だった のです。わたしたちは世界の人々に国連が腐敗したという事実を知ってほし いのです。それは戦争によって生まれ、賄賂や圧力によって利用されている からです。   [『告発!湾岸戦争』、ドキュメンタリー ジャパン]  アメリカはOPECの中で最もコントロ−ルしづらいイラクを叩くことに より、中東石油市場に対する発言権を強化しようと考えた。そのためにフセ ィンを焚きつけて戦争に巻き込んだ。また、石油価格が高騰し、石油を扱う 多国籍企業は莫大な利益を上げた。例えばロックフェラー財閥のシェブロン 社は、湾岸戦争前に比べて実に8.6倍の収益をあげた。   [『国連 死の商人』(P.13)、広瀬隆(1992)、八月書館] 2.ハイテク兵器  パウエルとチェイニーは軍隊を直ちに派遣するよう大統領を説得、最新の 兵器が次々と中東へ送られた。  また、この戦争のもう一つの特徴は、この戦争がコンピューターゲームの ようであり、「ニンテンドウ・ウォ−」と呼ばれたように、ハイテク兵器が 使われたことにある。この湾岸戦争はアメリカにとってこれらの新兵器の実 験場であり、他国へ売りさばくための格好のデモンストレ−ションの場とな った。  アメリカのハイテク兵器の中には実戦で使われたことのないものもある。 巡航ミサイル・トマホーク。製造側はボストン港からワシントンのRFKス タジアムのゴールポストをねらえると豪語するが、果たして実戦でどこまで 通用するだろうか。迎撃用ミサイル・パトリオットは、ソ連製のスカッド・ ミサイルを撃ち落とせるのか。複雑なコンピューターやレーダーシステム は、遠く海外へ出撃しても敵を補足できるのか。   [『CNN湾岸戦争の全貌 作戦 砂漠の嵐』、CNN]  しかし、彼らが実験したのはこれらの兵器だけではなかった。当初、イラ ク兵の死者は十数万人に上ると見積もられていた。にもかかわらず、戦場で 発見されたイラク兵の死体は8000体あまり。多くの死体が消えたことにな る。実は、兵士たちの体が跡形もなく消えてしまうようなプラズマ兵器が実 験されていたのである。  アメリカにエリア51という秘密基地がある。この付近はUFO多発地帯と して有名であるが、その実態はプラズマ兵器の実験場だった。  また、この兵器はかつてバングラデシュでも実験された。その日は日本の 台風にあたるサイクロンの影響で、バングラデシュが大きな被害に遭うこと をアメリカは予測していた。つまり何かを実験しても、その証拠は文字どお り洗い流されるということだ。  サイクロンによる大津波の後発見されたのは、水死体だけではなかった。 そこには、無数の真っ黒に焼け焦げた死体があった。生存者の証言による と、「炎のカーテンが海から陸に向かってきた」という。これはプラズマ兵 器による炎にほかならない。  このプラズマ兵器の原理は、基本的には電子レンジと同じだ。湾岸戦争や バングラデシュで使われたのは、それを大型化し、宇宙空間から人工衛星を もちいて発射したものである。この兵器の特徴は複数のマイクロウェ−ブの 焦点を自由にずらことによって、宇宙からどこでも狙えるところにあり、ど んなにぶ厚いコンクリ−トの壁さえも擦り抜ける。これは、電子レンジが、 容器に入った材料を中から加熱できることを考えればおわかりになるであろ う。こうして堅固な塹壕にたてこもったイラク兵は瞬間的に蒸発してしまっ たのである。 3.死の商人  結局、湾岸戦争はアメリカなどの、軍需産業を持った多国籍企業という死 の商人によって仕組まれた戦争だった。  フセインに資金を送り続けたのはイタリアの銀行であり、化学兵器を造ら せてきたのはドイツやソ連であり、原子炉とウランは堂々とフランスから売 却され、スーパーガンはイギリスから輸出され、アメリカは資金援助を行な いイラクを戦争ができる国に育ててきた。フセインに戦争させるという作戦 を実行してきたのが、この軍需産業ファミリーだ。   [『国連 死の商人』(P.34)、広瀬隆(1992)、八月書館]  世界を飛び回って多国籍企業が操る「影の政府」の意思を世界に伝えて回 ったベイカー・アメリカ元国務長官。ユーゴ内戦の国連事務総長特使であ り、かつ、アメリカ第2位の軍需産業ゼネラル・ダイナミックスの重役であ り、かつ、大マスコミのニューヨークタイムズの重役であるサイラス・ヴァ ンス。他のイラク在住外国人が足止めをくらったときに、イラクのフランス に対する30億ドルという借金をたてにフランス人のみを脱出させたミッテラ ン・フランス大統領。  僕たちが新聞やニュースで知ることのできる彼らの肩書きは、長官や大臣 や、代表といった平和的なもので、人殺しを職業とする兵器工場の経営者と いう素性がどこにも書かれていない。ところが原爆・水爆・ミサイル・戦闘 機から地雷まですべてを造り、ゲリラ戦の特殊部隊を生み出す戦慄すべき国 際グループというのがこの一族の正体だ。   [『国連 死の商人』(PP.36-42)、広瀬隆(1992)、八月書館]  また、この一族の系図は、軍需産業とアメリカ、イギリス、フランスとい った多国籍軍の中核をなした各国の政府や、国連、マスコミが一体である証 拠だ。近代の戦争はすべて彼ら「影の政府」が仕組んだものだ。  そして湾岸戦争直前の1990年、世界の軍需産業が不況にあえぎはじめてい た。その軍需産業の不況を打破するために、多国籍軍が湾岸戦争を引き起こ し、大量の兵器を消費して儲けようと企てた。  そして、日本が中東から大量に石油を買っていることを口実に、彼らは日 本に対し、戦争の費用として1兆6000億円もの大金を出させたのである。そ のとき、彼らのために働いたのが、日本の政界の黒幕、小沢一郎である。  また、軍需産業とアメリカ政府とのつながりは、現在ますます強まってお り、クリントン大統領の閣僚の多くが、多国籍企業の重役出身である。  例えば、現在アメリカの国務長官のクリストファーがいる。彼がクリント ン大統領から指名されたとき、潜水艦用の核ミサイル、「トライデント」 や、湾岸戦争で使われたステルス戦闘爆撃機をはじめとする軍用機を数多く 製造したアメリカ第3位の軍需産業ロッキード社の現役重役だった。  アメリカ大統領直属の情報機関、CIAの長官であるジェイムズ・ウール ジーは、アメリカ国防総省との取引額第8位のマーティン・アリエッタ社の重 役だった。この会社が生産していたトマホーク巡航ミサイルも湾岸戦争で有 名になった。  さらに、クリントン政権は各軍需産業から政治献金を受け、彼らに操られ ていることがこの面からもわかる。ゼネラルモータース、GTE、テクスト ロン、グラマン、ゼネラルダイナミックスといった軍需産業がクリントン政 権やアメリカ議会議員に政治献金をしていることが明らかになっている。  このようにアメリカは軍需産業のために政治を行なうような仕組みになっ ている。それがアメリカが世界各地で戦争を勃発させている理由である。  湾岸戦争で多国籍企業は国連を思いのままに操りイラクを世界から孤立さ せた。そしてこの国連ビルがそびえるマンハッタンの土地を寄贈したのはア メリカ最大の財閥ロックフェラー財閥だった。文字どおり、国連はアメリカ の多国籍企業の手のひらの上にある。  また、多国籍企業は、新しい国連事務総長に、ガリを送りこんだ。ガリ は、「影の政府」の方針を決定するダボス会議のメンバーである。 第5章 ダボス会議 1.ダボス  ダボス会議とは、正式名称を「世界経済フォ−ラム」といい、別名「サミ ット・オブ・サミット」。あるいは「影のサミット」とも呼ばれ、スイスの ダボスで開かれる。  このダボスは、人口1万人強という小さな街である。このダボスは、現在、 スキー場や、ヨーロッパ最大の天然スケート場など、ウィンタースポーツを 中心とした観光地として有名であるが、19世紀以来、海抜高度と緯度の関係 から紫外線が強く、しかも空気が清澄であるために、北ヨーロッパ人たちに 呼吸器系統の病気療養地として注目されてきた。ユダヤ系ドイツ人作家のト ーマス・マンは、肺疾患で療養中の彼の夫人を見舞うためにダボスに訪れ た。そのときの経験を元にして著されたのが、『魔の山』である。  実は、この作品には「フリーメーソン」という言葉が随所にみられる。ま た、著者のトーマス・マンは、1939年のプリンストン大学における自身の講 演の中で、フリーメーソンについて言及している。このダボスという街は、 そもそも彼らにとってゆかりのある場所だったのである。   [『トーマス・マン全集 V 魔の山』、高橋義孝ほか(訳)(1972)、新 潮社]  さて、ダボス会議に名を連ねる著名人は、ガリだけではない。  軍需産業出身のクリストファー・アメリカ国務長官もその一人だ。その他 メンバーとしては、アスピン・アメリカ国防長官、メージャー・イギリス首 相、エリツィン・ロシア大統領、バラデュール・フランス首相、アラファト PLO議長、ペレス・イスラエル外相らがいる。これらの政治家は、「彼 ら」の意図どおりに動かされている。  さらに、アメリカのカンター・USTR(米通商代表部)代表、ルービン EC担当大統領補佐官、アルトマン財務副長官、サマーズ財務次官、マリン ズFRB(米連邦準備銀行)副議長、エンジェルFRB理事、ブラッドレー 上院議員。  その他の国では、トリシェ仏中央銀行総裁、金泳山韓国大統領、フジモ リ・ペルー大統領、ガイダル露副首相、リー・クアンユー・シンガポール上 級相、バッテン香港総督。国際機関からは、サザランドGATT事務局長、 ドロールEC委員長、ブリタンEC副委員長が名を連ねている。   本年初頭に開かれたダボス会議に出席した日本人のメンバーとしては、羽 田孜、中平大蔵省財務官、岡松通産省審議官、小和田外務省顧問。また、ソ ニーの盛田会長も昨年、この会議に参加しているし、三百人委員会に名を連 ねている大来佐武郎元外務大臣も参加したことがある。  そして、国連難民高等弁務官、緒方貞子がいる。彼女の役目は、三百人委 員会が作り出した難民に、日本から寄付金を出させることによって、日本の 富を減少させることである。なお、彼女の夫である緒方四十郎日本開発銀行 副総裁の父、緒方竹虎は、日本のCIAと呼ばれるJCIA、すなわち内閣 調査室という秘密諜報機関の設立に尽力した人物である。松本清張は彼の 「内調」に対する熱意が尋常ではなかったことを指摘している。   [「内閣調査室論」(PP484-488)『松本清張全集31』(1973)、文藝春 秋]  ガリ国連事務総長はPKO活動を活発にして、今まで以上に日本にカネだ けでなく人間を出させようと計画した。その意向をくんだ小沢一郎が自衛隊 をカンボジアに派兵させた。  また、国連がいかに戦争を各地で起こしてきたかは、先程の系図にも登場 した、ロックフェラー財団理事長サイラス・ヴァンスという男をみればよく わかる。彼は現在国連特使として活動している。彼は1960年代にベトナム和 平会議アメリカ代表として和平交渉に出席した。しかしそれを決裂させて戦 争を激化させた。1992年にはユーゴスラビアに乗り込んで内戦を激化させて 再び軍需産業がもうけるきっかけをつくった。  そして彼らは最後の獲物を定めた。それが日本である。  アメリカは、世界政府樹立計画の一環として、日本に戦争をしかけて莫大 な利益をあ上げ、日本人を抹殺しようとしているのである。ベトナム、パナ マ、バングラデシュ、イラクで実験された兵器は、間近に計画されている日 米戦争で使われる兵器である。つまり湾岸戦争はアメリカの最後の敵、日本 に対する史上最大規模の演習であった。 2.グローバル2000  1970年代に、このサイラス・ヴァンスは「グローバル2000報告」という レポートをまとめあげた。これにより統一世界政府の建設をめざす、「三百 人委員会」の具体的な方法が明らかになったが、その内容は恐るべきものだ った。それは、先進国間に戦争を引き起こしたり、アジアやアフリカや中南 米の国に飢餓や疫病を起こして西暦2000年までに30億人もの人々を殺そう というのだ。  アメリカはこのレポートに対して、当時のカーター大統領が賛成、国務長 官が承認し、大量殺人のプログラムを実行に移した。その一環として、アフ リカにエイズウイルスがばらまかれた。  「彼ら」は、民衆に対して三つの実験を行なってきた。一つは、「自由」 を資本主義体制に。次に「平等」を共産主義陣営に。そして「博愛」を国連 で実験し、民衆(知恵ある「彼ら」からみれば「獣」)には、地球を統治で きないと判断した。そこで、統一世界政府をつくりあげ、「彼ら」にとっ て、完璧な統治を行なおうというのである。その統治をより効率よく運営す るために、大幅な人べらしを考えている。それが、「グローバル2000報告」 にある、むだ飯食いの30億人を殺そうという計画である。  この数字は、SFの分野ではしばしば取り上げられる。  例えば、アメリカ映画、『ターミネイター2』の冒頭のシーンに、「30億 の人命が失われた1997年8月29日」という語りがある(なお、このビデオの オープニングのBGMに、この映画のタイトル・ナンバーが使われているの はこのような意味からである)。また、田中芳樹の小説、『創竜伝』には、 人類を十数億人まで減らそうという計画が登場する。  この粛清計画は、すでに「彼ら」の手に落ちたマスコミで取り上げられる ことはないが、ジョン・コールマン博士のような研究者や、上記のようなS F作家がしばしば取り上げるところとなっている。   [『三百人委員会』(PP.47-51、244-245、252-253)、ジョン・コー ルマン(著)、歴史修正学会(訳)(1994)、徳間書店]  以上のように、統一世界政府樹立計画は着々と進んでおり、さらに多くの 資金を必要としている。そこで資金源として日本のカネをまきあげた上で、 日本を叩きつぶそうというのだ。その先遣部隊はすでに日本に送り込まれて いる。それが在日米軍だ。 第6章 在日米軍に奪われる日本人の命 1.在日米軍  さて、在日米軍の基地は沖縄、三沢をはじめ、およそ140カ所ある。北は 北海道最北端の稚内、南は沖縄や小笠原諸島、硫黄島まで日本中に広がって いる。特に、日本の首都圏には、横田、横須賀、座間、厚木といった重要な 米軍基地が配置され、日本の首ねっこをおさえている。在日米軍の基地面積 を合計すると大阪市や名古屋市より広く、東京23区の半分にも及ぶ。その 中では日本の法律は通用しない。アメリカ合衆国の領土と変わらないわけ だ。そして在日米軍の規模は実戦部隊だけで5万5千人。家族などを含めると 11万人にもなる。まさに日本はアメリカの植民地にほかならない。  日本にアメリカ軍が存在する法的根拠は日米安保条約である。この条約 は、戦後連合国に占領されていた日本がアメリカに強引に結ばされたもの だ。  この条約によれば、駐留米軍は日本の安全保障の義務はなく、日本の内乱 鎮圧にも出動する権利が与えられている。内乱鎮圧というと聞こえはいい が、パナマ侵攻に見られるとおり、何を正義かと判断するのはアメリカであ り、僕たちにとって正しくとも、アメリカにとって都合が悪いことに対して はそれを叩きつぶすことができる、そんな口実を与える条約である。  この安保条約によって日本に居座ることになった米軍は、夜間飛行訓練で は騒音をまきちらし、電波障害を周囲に与え、それどころか戦闘機の事故や 爆弾のミス投下など、迷惑な存在である。それだけでなく、いつ日本人に襲 いかかってくるかわからないのである。例えば、1988年にアメリカの駆逐艦 タワ−ズが日本の巡視船を標的に射撃訓練を行なっている。 2.もくせい号事件  そして現実に日本人を殺した事件がある。日本航空の「もく星号事件」が その一つだ。  1952年4月9日付けの新聞夕刊上で、日本航空の「もく星号」が浜名湖西 の海上に不時着、米軍救助隊により全員救助の報道がなされた。翌10日、新 聞各紙は一転して機体なお発見せずと報じ、米軍も救助報告なしと態度を変 えた。そして10日夕刊で、遭難機、三原山で発見、乗員乗客41名全員死亡の 報がなされた。翌11日には、その飛行機がもともと故障が多かったとか、レ ーダーがついていなかったためとか報道された。しかし真相は、アメリカ軍 機が撃墜したのである。  この真相は、決して日本のマスコミで報道されることはなかった。しか し、この事件を詳しく調査した松本清張は、マスコミの虚構を暴いた。  米軍が撃墜していた事実は次のことからも明らかである。  1)当初米軍が発表した墜落場所と実際の墜落場所があまりにも離れ ていた  2)当時の航空機事故年鑑に「もくせい号」事件が記載されていなか った。つまり、もくせい号事件を忘れさせようという何かの意図が働 いていた。  3)当時、もくせい号の近辺を10機のアメリカ軍戦闘機が飛行してい た。  4)日本の捜索隊が到着する前に飛行機の一部の部品が米軍に持ち去 られていた。  5)もくせい号の通信を記録していたジョンソン基地が、最後までパ イロットの声が録音されていたテープを隠し続けた。  6)日本政府発表の「もく星号事故調査報告」では、「東京モニタ ー」という機関がもく星号の飛行を記録したことになっているが、現 実には「東京モニター」は存在しなかった。これは、日本政府が調査 報告をねつ造した証拠である。  このように米軍による撃墜事件であることを、米軍、日本政府、マスコミ が隠し、日本国民を騙したのである。   [『一九五二年日航機 「撃墜」事件』、松本清張(1992)、角川書店] 3.日航機事件  また、もくせい号事件と同様の事故が繰り返された。  1985年8月、日航のジャンボ機が墜落し、520人が亡くなった。日航機事 故調査委員会は、事故の原因を、その機体が以前に事故を起こしたときの修 理が不完全だったためであるとした。  しかし、故障の修理をしたボーイング社も、万全な整備をすべき日本航空 も、起訴されて責任を問われることはなかった。  しかも事故調査委員会がまとめた報告では、修理ミスにより機体後部の圧 力隔壁が壊れ垂直尾翼が吹き飛んだことになっているが、このようなことは 科学的にありえないのである。この事故の1年後、タイ航空機の機内後部で隔 壁が破壊する事故があった。隔壁の破壊による急激な減圧に乗客は耳をやら れたという。しかし、日航機事故の生存者はだれ一人耳に痛みを感じていな い。また、事故を起こした日航機はその垂直尾翼の大半を失っていたが、圧 力隔壁の破壊だけでそのような破壊は生じないことが立証されたのである。  この日航機の墜落も米軍によるものだった。その真相を隠すために、権力 者たちは次々と証拠隠滅を図った。  まず、事件の当日、米軍や防衛庁の発表、NHKの報道はわかっていた墜 落現場を隠し、意図的に全然別の場所を墜落現場として示した。その場所に 人をひきつけている間に、米軍が撃墜した証拠を回収した。この図を見てい ただきたい。同じ地図なのに、重要な航跡は大きく異なっている。米軍や自 衛隊が正確な航路をレーダーで捉えていたにもかかわらず、テレビ局や新聞 社によって飛んでいた場所が異なるというのは単なるミスではなく、意図的 なものがあるとしか考えられない。[撃墜 p.59]  また、生存者が死ぬのを待つように、墜落の翌朝まで民間の救助隊が現場 に近づくのを地方の警察や自衛隊が阻止し、妨害した。  そして重要な証拠であるボイスレコーダーを生で公開することをせず、そ ればかりか、その内容を都合のいいように改ざんした。そしてわざとらしく ボーイング社に修理ミスを発表させたのである。  その他にも米軍、自衛隊、マスコミ、御用学者などが事故の原因を隠すた めに様々な偽装工作を行なっているが、8年の歳月をかけて詳細な原因究明を 行なった角田(つのだ)氏は、その著作で偽装工作の数々を暴露している。   [『疑惑 JAL123便墜落事故』(PP.59,211-219)、角田四郎 (1993)、早稲田出版]  また、角田氏のみならず、日本航空機長組合、日本航空先任航空機関士組 合は、真の原因を隠ぺいする事故調査に対して、内部告発の声を上げている が、マスコミでは全く報道されない。そして僕たちはいつものようにだまさ れ続ける。 4.日本再占領  それでは在日米軍の目的は何か。それは日本を守るためではなく、植民地 日本を脅し、監視し、そして攻撃するために存在しているのである。  1991年、アメリカの大統領直属の情報機関であるCIAが中心にまとめた 「JAPAN2000」というレポ−トは、日本人の異質性をことさらに強調 し、日本を悪の帝国として位置づけるという内容であった。  そして92年1月にワシントンポストのスクープという形でリークされた、 アメリカ国防総省のアドバイザーグループである「統一戦略目標研究会」が まとめたレポートでは、戦略ミサイルのターゲットとして日本を挙げてい る。  なお、アメリカは日本の正確な重力分布を毎年調査している。これはIC BM、核弾頭を装備した大陸間弾道弾が正確に日本の都市を攻撃できるよう に行なったものである。  さらに、92年3月ニューヨークタイムズに掲載された国防総省指針草案も CIA筋の意図的なリークにより書かれたものであるが、日本の軍事的台頭 を防ぐには在日米軍の駐留が必要だと述べている。  次に見るように、アメリカは意図的に国内世論を誘導し、反日感情をあお った。  さらに、1992年1月、当時衆議院議長の桜内が日米貿易摩擦について、 「アメリカの労働者の質が悪い」と述べたことをアメリカのマスコミは一斉 に批判し、反日キャンペーンを繰り広げた。さらに日米貿易摩擦を背景とし た、宮沢元首相のアメリカ車輸入の割当てに関する発言をアメリカのマスコ ミは利用し、これも反日感情をあおることとなった。このようにして、アメ リカ人の反日感情が意図的に高められ、その結果、1992年2月に中京大学の 学長がアメリカに滞在中殺され、また、アメリカで不動産会社を経営してい る社長が殺された。  このように反日感情による殺人が増加し、アメリカ人の間では、NIPと いう日本人を軽蔑する呼び方さえできた。   [『新しい日本人へ』(PP.45-64)、落合信彦(1994)、小学館]  彼らは太平洋戦争のときに真珠湾事件をでっちあげ、日本に対する憎しみ の感情をアメリカ人に植えつけることに成功した。そして今回は貿易摩擦を 利用している。  「日本の貿易黒字は増える一方である。アメリカを中心に海外からの日本 への批判はますます高まっている」 ――ゲッパート議員(対日強硬派)「日本に市場開放をさせることができれ ばアメリカをよみがえらせ、再び強くすることができるのだ」  しかし、これもアメリカのいいがかりである。  例えば、日本人が、いくらIBMのコンピューターを買っても、日本国内 で造られたコンピューターだから、統計上の貿易赤字の解消にはつながらな い。コカ・コーラの場合も、日本人がいくらコカ・コーラを飲んでも、日本 コカ・コーラ社で造っているので輸入額にカウントされない。日本人の70% が使っているシックの剃刀は香港で造っているから、やはりアメリカからの 輸入とは認められない。リーボックも日本で販売する大半の製品を韓国で生 産している。アップル社のマッキントッシュも、日本で売っているものは、 ほとんどソニーか東芝がつくっている。実際、アメリカの企業が海外で販売 しているうちの、実に70%は、アメリカ以外の国でつくられているのであ る。そして僕たちは、マクドナルドにしろセブンイレブンにしろ、消費生活 の大きな部分を外資系の会社に握られている。   [『日本人はアメリカにだまされている』(PP.125-131)、ビル・トッテ ン(著)、高橋呉朗(訳)(1994)、ごま書房]  それにもかかわらず、アメリカは、対日貿易赤字を錦の御旗として、産業 の空洞化という自国の問題を棚に上げ、「日本の市場は閉鎖的だ」と強い非 難を浴びせ、日米構造協議を行ない、「市場開放」を叫び、さらにいっそ う、日本人に、アメリカ製品を購入させ、日本人の所得をアメリカ多国籍企 業に移転しようとしている。  また、パナマ侵攻のときはノリエガ将軍に悪のイメージをはりつけた。湾 岸戦争のとき、ブッシュ前大統領はフセイン大統領を悪役にすることに成功 した。 ブッシュ「ノリエガは麻薬取引に手を染めた独裁者だ」     「アラブの隣人を騙したのはフセインだ」     「残虐な破壊者は、ナチ戦犯のように裁かれるべきだ」     「世界は有罪判決を下すだろう」     「これは善対悪、正義対不正の対決だ」  このようにターゲットに悪のイメージを植えつけて戦争をしかけるという 歴史の前例から僕たちは学ぶことができる。アメリカが日本を敵国として自 国民を扇動し、日本が悪の帝国というイメージを植えつけることによって、 次に日米戦争が仕組まれているという厳粛な事実を。 第7章 日本再占領の理由 1.経済戦争  それではなぜアメリカは、日本を破滅させようとするのか。その理由の一 つは、アメリカが財政、貿易と双子の莫大な赤字を抱え、国家破産寸前だか らである。その額は1993年で440兆円という莫大なものであり、専門家によ れば1995年にはアメリカは破産するといわれている。   [『大不況サバイバル読本』(PP.169-170)、浅井隆(1993)、徳間書店]  アメリカの主な借金の先は日本である。戦争で日本に勝つことによって、 その借金がご破算になるばかりか、日本から賠償金を取ろうとさえしている のである。第二に、アメリカの多国籍企業である軍需産業が戦争によって莫 大な利益を上げるためである。そして背後には彼らの世界政府の樹立、世界 支配への大きな野望がある。  そして今、日本は不況に苦しんでいるが、この不況こそ彼らが仕組んだ日 本崩壊計画の序章だった。  まずアメリカは過去数年にわたって円高ドル安を演出し、輸出業者を追い 込んだ。一方バブル崩壊前の金余り日本の銀行、生命保険会社にアメリカの 国債を買わせた。これにより一時的にアメリカの財政赤字は解消されたので あるが、その国債を日本が取り立てようとする前に日本を叩きつぶそうとし ているのである。   [『世界覇権大移動』(p.213)、新井信介(1994)、総合法令]  また、NTTが民営化された後、日本全体をバブル経済が襲い、だれも彼 もが株や土地に対する投資に浮かれた。そしてそれがピ−クに達した1990 年、一気に株価が4万円近くから2万8000円まで落ち込んだ。実はこれはア メリカの多国籍企業のソロモン・ブラザーズの陰謀だった(資料7-2)。ソロ モンブラザ−ズはロスチャイルド財閥の融資をうけて大規模に日本市場の株 を買い続けた。当然、日本の株価は上がり、ほかの投資家もつられる。そし て株が上がりきったところで売りに出た。それだけでなく、当時のソ連の書 記長のゴルバチョフの失脚説を流すなど、投資家の不安をあおり、一気に株 価を下げたのである。   [『仕組まれた湾岸戦争』(pp.193-202)、浅井隆(1991)、東洋経済新報 社]  さらに、1992年の春、日本の金融システムを支える名だたる銀行の株価が 前代未聞の大暴落を演じ、それに引きずられるように日経平均も音を立てて 崩れ、20000円代の大台を割った。これは、アメリカ多国籍企業のモルガ ン・スタンレーの仕業だった。   [『95年の衝撃』(pp.174-175)、浅井隆(1994)、総合法令] 2.1929年との比較  この株の下がり方は1929年に世界を襲った大恐慌を思い出させる。当時、 ほとんどの人々がなぜ急に株価が下がったのかわからなかったが、実はこれ もアメリカの多国籍企業が仕組んだ作戦だった。このように株を乱高下させ ることで中小の会社の力を低下させ、倒産させたり買収していく作戦だっ た。その作戦を現代に再現したのが、今回の日本の不況だ。  そしてこのバブル経済の崩壊により、日本の総資産3600兆円のうち、3分 の1にあたる1200兆円が消えた。   [『大不況サバイバル読本』(P.12)、浅井隆(1993)、徳間書店]  このとき、ソロモン・ブラザーズやモルガン・スタンレーなどのアメリカ 系多国籍企業が莫大な利益を上げているのである。   [『'95年の衝撃』(PP.154-160、174-175)、浅井隆(1994)、総合法 令]  現在日本の銀行はバブル時代に融資した資金を回収することができず、 1933年の金融恐慌のように破産する寸前だ。  そこで歴史に学ぶ必要が出てくる。1929年、株が下がった4年後、金融恐 慌がおそって銀行が壊滅した。1932年に不況がようやく終わりに近づいたと だれも感じたときで、実際に景気指標も一部は上向きだった。にもかかわら ず、1933年、金融恐慌がおそい、次々と銀行がつぶれた。   今、株価はかなり戻っているが、次の金融恐慌の前触れにすぎない。  それでは1929年の世界大恐慌の結末は何であったか。出口をふさがれた各 国のとった行動は何であったか。それこそが第二次世界大戦であった。  日本の銀行が破産しようとしていることを国とマスコミはひた隠しにして いる。マスコミでは公表されてはいないが、国際金融エコノミストは、日本 の銀行が抱える不良債権は、50兆円から70兆円にもおよぶと分析している。   [『サピオ』(1994年5月26日号)(P.101)、小学館]  また、1992年度における帝国データバンクの調査では、倒産は10000件 を超し、負債総額も7兆4457億円に達した。   [『続々 最後の強敵 日本を撃て』(PP.278)、ヤコブ・モルガン(著) 忍野昭太郎(訳)(1993)、第一企画出版]  莫大な借金を抱えているのは銀行だけではない。日本という国家そのもの が破産寸前なのである。92年度の会計でみてみると、日本の国家としての借 金は216兆円にも上っている。すでに累積している国債発行残高だけで174 兆円にも達しており、それだけで日本の国家予算1年分の2倍半に及ぶ。  日本の経済は限界に達したのである。残念ながら、今まじめに学校にかよ っても卒業したときには、もはや就職先がないのである。  (日本政府の借金)このような状態であるにもかかわらず、湾岸戦争で小 沢一郎が中心になって1兆6000億円の大金を出している。これは、日本の政 治家が、アメリカの多国籍企業のために働いていることをはっきりと示す事 実である。アメリカの就労者の20%以上は軍需産業に従事している。ゼネラ ル・ダイナミックス、IBM、デュポンといった重工業、化学工業はみな軍 需部門を持っているのである。つまり、アメリカは絶えず戦争を欲している のである。そして僕たちの国は、彼らによって操られ、彼らのために動かさ れている。 3.思いやり予算  また、日本の政治家は日本国民のためでなく、アメリカのために働いてい ることは次のことからも明らかである。日本国民は、「思いやり予算」とい う名目で莫大な金額をアメリカ軍のために支払わされている。  日本の国家財政は破綻しているにもかかわらず、在日米軍に巨額の税金が 使われている。1993年度は日本政府の発表によると、思いやり予算として、 米軍に支払った金額は5612億円にものぼる。しかし実際は、正しい評価をす れば、はるかに巨額になるのである。つまり、在日米軍の土地の価値は正し く評価すると30兆円ほどの価値があり、賃貸料だけを考えても、米軍は年間 8400億円以上支払わなければならないのである。  日本はアメリカ軍の兵士に豪華な家を与えているばかりか、思いやり予算 の対象をどんどんひろげ、1989年には三沢基地のF16戦闘機のシェルター に約200億円も支払った。また、横田基地の滑走路修復費や弾薬庫、化学・ 細菌戦用病院の施設費用を負担し、アメリカ軍の部隊の移動経費や燃料費ま で負担している。さらに、自衛隊に在日米軍の装備や人員の運搬を受け持つ ことまでさせようとしている。  細川前首相は「思いやり」予算について「できる限り行なう」とアメリカ に誓約した。日本の政治は完全にアメリカの思うがままである。 第8章 アメリカのコントロール 1.政治家  では、なぜ日本の政治家たちはそれに抗議しないのか。それは、日本の政 治家が終戦以来アメリカのコントロ−ル下にあるからだ。その第一の布石 が、東京裁判である。  極東国際軍事裁判いわゆる東京裁判は昭和21年5月3日、その開幕を迎えた のである  東京裁判とは、正式には極東国際軍事裁判といい1946年5月3日から1948 年11月4日にかけて行なわれたものである。この東京裁判は法的根拠があい まいで勝者が敗者を裁くという力まかせの強引なものであった。そもそも本 当の戦争犯罪人はアメリカ大統領だったのである。  この東京裁判によって、捕虜虐待を名目として、2000人以上の旧日本兵が 処刑によって殺された。  極限状態の中で行なわれたとはいえ、人間として許されざる行為があった ことは否定できない。しかし、報復の意味を含んだこれらの裁判が、必ずし も罪ある者を裁いたとはいえない。中には、人違いなどの誤解から、無実の 者が裁かれた例もあり、また、上官、あるいは部下の罪を背負って処刑され た人もいた。  また、軍人のみならず、政治家の広田元首相も死刑となった。アメリカは 政治家の命を奪うことによって日本の政治家たちに脅しをかけたのである。 さらに長く日本の政治家に印象づけるために、当時の皇太子、現在の天皇の 誕生日、即ち12月23日に東条英機や広田弘毅(ひろたこうき)など、主要な 人物の処刑を行なった。  アメリカのやり口は巧妙で、ムチだけでなくアメも与える。彼らが選んだ 政治家には惜しみなく資金を与える。たとえば、細川前首相には、彼らから 200億円もの大金が融資されたことを、ジャーナリストの広瀬隆氏が暴露し ている。そうでもなければ一介の熊本県知事であった人物が政党を率いて国 政選挙に出られるものではない。しかし、小選挙区制導入、コメの自由化 と、役目が終わったとなると細川氏はスキャンダルをリ−クされ失脚させら れたのである  そもそも、日本の首相は、日本の国会で決められているように見えるが、 それは見せかけである。実は、日本の首相は、多国籍企業の代表者やその代 理人ともいうべき政治家たちが集うダボス会議で決定されるのである。  細川前首相は、昨年1月、ダボス会議に出席し、首相になることを許され た。だからこそクリントン・アメリカ大統領が来日したとき大使館主催のパ ーティーに招かれたのが当時の宮沢首相ではなく、細川とその後見人の小沢 一郎であった。  そして今年は羽田牧がダボス会議に招かれた。その時点で、彼は外務大臣 であったが、果たして現在彼は日本の首相である。つまり、今回もこのスイ スで開かれたダボス会議で日本の首相が決定されたのである。  このように日本の政治は文字どおり彼らによってコントロ−ルされてい る。 2.皇室  彼らのコントロールは皇室にも及ぶ。ダボス会議のメンバーには、小和田 外務省顧問がいる。あの皇太子妃、「雅子さん」の父親である。  そして小和田氏は次期国連大使に決定した。これは死の商人の代理人、国 連を通じてアメリカが日本の皇室、日本の政治の中枢を直接コントロ−ルし ようとする現われである。国連とはそもそもアメリカをはじめとする第二次 世界大戦の戦勝国のための組織である。国連は「ユナイテッド・ネイション ズ」の英語訳であるが、これは第二次世界大戦における「連合国」と同じ言 葉である。  「雅子さん」の経歴はいうまでもなく、ハ−バ−ド大学留学、東京大学を 経て、外務省のエリ−トコ−ス一直線。英語堪能。彼らの価値観を身につけ ている。また、この「雅子さん」はアメリカの多国籍企業のために貢献した 人物である。役職としては通訳としてであったが、日米半導体会議にスタッ フとして参加し、その会議で日本は旧型の半導体の生産のシェアを押しつけ られ、その間にアメリカが新型を開発し、今後10年間、日本はアメリカに追 いつけないような状況をつくってしまったのである。  また、皇太子との結婚の儀の日取りも1993年6月9日という、彼らの用い る数秘術から決定されたものであった。この日付を分解すると、1と999、そ して3×6、すなわち666という数字が導き出される。その意味は、まず1は 日本を表わし、3×6、すなわち666という配列は、悪魔の数字といわれてい るが、彼ら「影の政府」の一面であるフリーメーソンにとっては神聖な意味 を表わす。つまりこれは、彼らの日本支配計画が最終段階に入ったという勝 利宣言なのである。   [『世界覇権大移動』(PP.57-66)、新井信介(1994)、総合法令] 3.身の周りに潜む「彼ら」の影  彼らは666という数字をあらゆる所に記し、彼らの影響力を誇示してき た。その一例が、この写真である。アメリカ最大の財閥ロックフェラー所有 のこのビルには666が刻まれている(資料8-2)。また、アメリカ、ヨーロッ パ、中国の生産シールにも、この666が見られる(資料8-3)。そして、僕た ちの身近なところでは、バーコードに666が刻まれているのである。簡単に 説明しよう。バーコードの仕組みはバーと数字によるが、バーには数字が書 かれていないものがある。これをこのバー解読用のチャートに照らし合わせ てみると、666が現われてくるのである(4)。  さらに、彼らはこのバーコードをすべての人間の額に、目に見えないレー ザーによって刻み、人間を商品のように一括管理しようという計画がなされ ている。1974年、ベルギーのブリュッセルで開かれたフリーメーソンの会議 で、コンピューターによって世界の人々を管理するプランが決定している。 そして、IBMは、レーザーによって人間の皮膚細胞にマークを打ち込むこ とができる機械を開発し、実用化している。僕たちの額に、666という世界 共通コードと、一人の人間のすべての情報を示すコードが打ち込まれる日は 近いのである。   [『フリーメーソン世界帝国への野望』(P.36,206-224)、鬼塚五十一 (1994)、廣済堂]  彼らの支配下に僕たちが置かれてしまっていることは、身近なところに見 ることができる。その一例が、何気なく使っているお札である。その中でも 5000円札には不思議な点が多い。  まず、皇室を意味する菊の御紋がまっ二つに分けられている。そしてその 真ん中に彼らの象徴である「万物を見通す目」。これは皇室が彼らのコント ロ−ルを受けていることを示している。このお札には奇妙な点が他にもあ る。例えば日本がはじっこにある不思議な地図。これは太平洋を彼らが支配 していることを示している。そしてこの人物、新戸部稲造は初代国連の事務 次長として彼らに尽くした人物である(資料8-7)。  また、裏側に富士山が印刷されているが、その手前にある湖面に富士山が 映っているように見せかけながら、「彼ら」の象徴であるシナイ山が描き込 まれているのである。これは、上下逆さまにすればよくわかる。    [『最後の強敵 日本を撃て』(PP.60-62、145-150)、ヤコブ・モルガ ン(著)忍野昭太郎(訳)(1993)、第一企画出版] 4.食料問題  そしてダボス会議で選ばれた細川前首相はガット・ウルグアイラウンドで 米の自由化に踏み切った。 ――細川(1993.12.14)「部分的とはいえ、お米の輸入に道を開くことは、こ の上なく苦しく、つらく、まさに、断腸の思いの決断であったわけでありま す。  そもそも日本の食料自給率はカロリ−換算46%、穀物自給率はわずか29% しかない。小麦13%、穀物飼料2%と、外国に頼りきりで、常に外国の影響 を受ける状態に置かれている。  アメリカは日本人の食事を戦後一貫してコントロ−ルしようとしてきた。 例えば、小麦の価格操作が有名だ。まず最初は脱脂粉乳とペアでパンを学校 給食に提供した。当時食料不足で苦しんだ日本は喜んだが、これは子供のこ ろから日本人の味覚を変えようとする計画の一端であり、日本の小麦消費が 増え、しかも安価な輸入小麦に頼って自給率が落ちた段階を見計らって、彼 らは小麦の価格を釣り上げて莫大な利益を上げるのである。  1972年、世界規模の凶作により、穀物の国際価格は急騰した。翌73年に かけて小麦は3倍、トウモロコシは2倍となった。同様に、大豆価格も上昇 し、アメリカは国内の物価の上昇を抑えるために大豆その他41品目の輸出規 制を実施、当時大豆自給率わずか4%の日本では豆腐の価格が一気に5倍には ね上がった。しかし、これもアメリカの作戦だった。まず、安い大豆を大量 に日本に輸出する。そこで日本人は同じ大豆なら安いほうがいいじゃないか ということで、アメリカの大豆を買うことになる。  日本の農家は規模も小さく、そもそも日本は物価が高いために太刀打ちで きず、やがて大豆を作らなくなり、日本はアメリカの大豆に頼りきるように なる。そこでタイミングを見計らって大豆の価格を釣り上げ、アメリカの多 国籍企業であるアグリビジネスは一気に儲けたのである。   [『穀物メジャー』(岩波新書172)(PP.8-14,68-72)、石川博友 (1981)、岩波書店]  そして今、アメリカは最後の砦であるコメをねらってきた。  現在コメは世界で5億2000万t生産されるとはいえ、そのほとんどは自分 の国のためであり、世界市場で取引されるコメはその2.5%、年間1300万t ほどしかない。もしも世界で同時にコメが不足すれば、その時はコメ文化圏 は大混乱になりコメの奪い合いが生じ、コメの価格が高騰するのは明らか だ。それどころか日本のような島国は、太平洋戦争直前のABCD包囲陣の ように海上封鎖をされたなら、コメ一粒も輸入できなくなってしまう。  日本政府は、93年の凶作を利用しながら世論を操作し、コメ自由化やむな しという雰囲気をつくった。しかし、これこそ政府の欺瞞である。87、88年 には200万t以上の在庫を抱えていたのに、92年にはたったの26万トンしか なかった。これは、1年分のコメ消費量ギリギリしか認めないという政策によ るものである。  そして、現在輸入されているコメは殺虫剤に汚染され、人体にとって非常 に危険である。とくに、アメリカ産のコメからは、白アリ駆除剤まで発見さ れている。本来、これらの殺虫剤は、日本では使用禁止になっているはずで ある。しかしアメリカは、コメ自由化にかこつけて無理やり日本に売りつけ ているのである。彼らは僕たちの主食にまで毒を盛り込もうとしているので ある。   [『マナメッセ』(VOL.10)(1994春号)(PP.4-18)、マナメッセ]  また、コメの自由化は、日本の水田の破壊を意味する。日本の水田は、大 雨をしっかりと受け止め、ゆっくり吐き出させる機能をもっている巨大なダ ムであり、すぐれた洪水調節機能、国土保全機能を持っているのである。こ れらの水田が貯える水の量は全国300万hの水田で約51億tにもなるとい う。このダムとしての機能やその他の要素を考慮すると、水田の価値は1980 年換算で37兆円となる。  このような水田を破壊するということは、日本の食料事情を危機に陥れる だけでなく、日本の国土を荒廃させる。アメリカは「JAPAN2000」の中 で数年後日本を大自然災害が起こることを予想しているが、そのときの被害 を増大させようという意図がある。また軍隊を使うにしろ水田地帯は作戦活 動に不向きである。ベトナム戦争で苦労した、このような湿地をなくして作 戦しやすくしようということも計画の一端である。 5.その他の作戦  在日米軍が日本で作戦できるように行なった目に見える工作としては、道 路標識の道案内に必ず英語表記を加えていることが挙げられる。  また、学校教育において、中学校から英語が全員に学ばされるのは、米軍 の作戦支援のためと、日本が完全にアメリカの一部となったときのことを想 定しているためである。 6.エネルギー問題  また、食料と同時にエネルギーも日本の安全に直接かかわる問題である。  電気事業は戦時下の国家による電力管理から、連合軍占領下でGHQによ り強権的に9分割され民営化された。  九つの電力会社が地域ごとに電力需給を行なわなければならないので、中 部山岳地帯の有数の水力電源地域と、首都圏や京阪神の電力需要地帯とが、 分割された結果、日本は以前の水力中心の電力供給から、石油や核燃料など 原料を海外に依存する体制をとらざるをえなくなった。  アメリカからの濃縮ウランの供給は、アメリカ自身の基本的核戦略の一環 であり、日米原子力協定は、日本の原子力発電所名を具体的に述べ、これら への供給を保障する形をとっている。電力会社は、その使用する原料の中 に、アメリカ産以外の濃縮ウランを30%以上混ぜてはならないとされてい る。  エネルギーの主要部分はアメリカの支配下に置かれている。このように、 日本のエネルギー政策は、アメリカの利益にかなう形で推進されており、本 当に日本国民の利益にかなう開発がおろそかにされている。   [『さし迫る原発の危険』(PP.148-149,162-163)、日本科学者会議 (1992)、リベルタ出版]  そして、オイルショックの時代、石油の価格が高騰し、日本の経済は行き 詰まった。しかし、他方では、石油を支配している多国籍企業は莫大な利益 を上げているのである。  アメリカや中東のみに依存する既存のエネルギ−体制に危惧を覚えた元首 相の田中角栄は、アメリカの影響を受けない独自のエネルギー計画を実行に 移そうとし、石油を求めてインドネシアに、ウラニウムを求めてオーストラ リアに向かった。それを知った当時のキッシンジャー元アメリカ国務長官は 激怒したという。  それは、彼らのつくった作戦が台無しになるからである。そんな矢先にア メリカのCIAが中心となってロッキ−ド事件をでっち上げ、田中角栄を失 脚させた。この事件は、田中角栄が全日空の機種選定に絡んでアメリカのロ ッキード社から賄賂を受け取ったというものであったが、送った方のロッキ ード社の重役、コーチャン氏とクラッター氏は日本でもアメリカでも訴追さ れなかった。それは、田中角栄を陥れるための罠だったからである。それに 恐れをなした日本の政治家たちは、あらためてアメリカに忠誠を誓うことに なる。 7.中曽根康弘  中曽根元首相は、レーガン元アメリカ大統領と「ロン・ヤス」関係と呼ば れるほどアメリカに忠誠を尽くした人物であり、当時の日本のハイテク技術 をアメリカに引き渡した。また、もとの電電公社、すなわち現在のNTTを 民営化した。  実は、このNTT分割・民営化もアメリカの圧力によるものであった。 1978年、ジュネーブでのガット東京ラウンドでアメリカが電電公社の門戸開 放を要求。その後、アメリカの対日要求は厳しさを増した。85年2月には、 アメリカのオマール商務次官が来日し、4月1日までに結論を出せと強硬に迫 ったのである。  その後、アメリカの多国籍企業のモルガン財閥の傘下であるIBMとNT Tの合弁会社、日本情報通信株式会社がつくられたが、これにより日本独自 の高度な通信技術がIBMに、ひいてはその親会社であるアメリカのモルガ ン財閥に流れていった。  アメリカの手に落ちたのは通信技術だけではない。NTTとIBMの開発 した情報ネットワークが一本化することにより、日本国民のクレジットカー ドにおける消費生活の全情報がアメリカの手に落ちることとなった。  さらに、アメリカはこの中曽根を通して1機106億円もするP3Cを自衛隊 に100機も売りつけることに成功した。そして中曽根は賄賂としてロッキー ド社から30億円を受け取った。しかし中曽根は刑事問題にされなかったので ある。 第9章 自衛隊 1.自衛隊の起こり  次に、自衛隊について改めて考えてみたいと思う。  自衛隊の母体である警察予備隊は、そもそも朝鮮戦争時に米軍の留守を守 って日本の治安を維持するためにできたといわれているが、実際にはそうで はない。朝鮮に出兵した米軍人の家族、特に婦女子や、彼らの財産を守るた めにつくられたのである。   [知るや防衛 知らざるや軍隊、P.10]  また、海上自衛隊も、もともとは戦後の復員兵たちが米軍から日本近海の 機雷処理を任されたところからはじまる。このアメリカ艦隊を守るための作 業によって、97人の日本人が命を落とした。  このように、米軍を守るかたちで始まった自衛隊の基本方針は変わってい ない。自衛隊は米軍の、とくに在日第七艦隊の護衛部隊としての役割が与え られている。 2.自衛隊の任務  1952年に調印された日米安全保障条約を具体化するための、日米行政協定 の交渉の過程において、日米の指揮関係についての交渉は、「有事か否かは 米政府が単独で判断し、必要とあれば、行政協定による規則を一時的に廃棄 し、米軍人を司令官とする日米合同司令部を設置する」という、日本側が提 示した草案で、アメリカ国務省と国防総省の合意が成立した。  当時の吉田首相は、有事の際の司令官をアメリカ側の将軍にする、との日 本政府の意向を再確認した。首相は、現時点ではこの点を秘密にしておく必 要があるとしながらも、米側の指揮を承認することに疑問の余地はないと強 調した。  現に、日本政府が知らないうちに、米軍の指令により陸海空自衛隊がスク ランブル(臨戦態勢)体制に入っていたことが過去に何度もあるのだ。  1962年のキューバ危機の際には、国会の審議はおろか、自衛隊の最高監督 者である総理大臣も知らないうちに、米軍の指令により、陸海空自衛隊がス クランブル体制に入っていた。  1968年、米海軍情報収集艦ブエブロ号が北朝鮮に捕獲されたとき、日本の 自衛隊、特に九州では200機の自衛隊機がスクランブル体制をとった。  以上のように、有事には自衛隊はアメリカ軍の指揮下に入ることに決めら れており、日米共同演習でもそのようになっているが、国民にはそのような ことは知らされていない。巧妙にだまされ続けているのだ。 3.アメリカの自衛隊に対するコントロール  そして、日本国民を守るのではなく、米軍を守るための自衛隊に年間4兆 6000億円も支払わされている。しかし、現実には後年度負担といって、つけ 払いを行なっており、それを含めた本当の軍事費は1993年度で7兆4876億 円に上る。だが現実は、これだけの大金をつぎこんでいるにもかかわらず、 核やレーザー兵器の時代には役に立たない。高価ではあるが、防衛力はゼ ロ、それが自衛隊の実態である。そしてその高価な兵器は、日本が独自に決 定することはできず、ただアメリカの軍需産業がもうけるために売りつけら れたものである。   [『知るや防衛 知らずや軍隊』(P.10,65)、日教組ほか(編)(1993)、 国民文化会議]  アメリカは日本の軍事力を絶えずコントロールしてきた。それは、アメリ カの軍需産業が潤う程度に大規模に、そして米軍の指揮下で第七艦隊の護衛 が務まるぐらいには強力にし、また、アメリカが有効に使える新技術を開発 させるために必要な限りで日本の軍需産業を活性化させ、しかし、他方、独 力でアメリカに刃向かわないように中途半端な軍隊、軍需産業のままにして おくという状態に保つことであった。 4.FSX  そして、アメリカは、日本が自立した防衛力を保有しようとすると、徹底 的に反対し、叩きつぶしてきた。海上自衛隊が小型空母を保有しようとした ときもそうであったし、航空自衛隊の次期支援戦闘機FSX開発の問題にし てもそうであった。  FSXとは、現在使用されているF1攻撃機の後継機のことであるが、日 本が独自に開発する計画であった。しかし、日本の航空機開発技術を発展さ せたくないアメリカは、その計画をつぶしたばかりか、共同開発の名目で日 本の最新技術を無条件で手に入れたのである。  アメリカは日本の自衛隊が強力にならないよう監視するために米軍を日本 に置いているということを公言している。僕たちは日本を守るために米軍が あるとだまされているが、実際はそうではない。現に、アメリカの軍人の口 から「われわれはビンの栓なのだ」(H・C・スタックホール在沖縄第3海 兵師団長)と、はっきり述べられている。アメリカはあくまで日本を敵国と 見ており、日本との戦争を計画している以上、日本の自衛隊に強くなられて は絶対に困るのである。 5.地下へ  このように、アメリカは日本人を抹殺するために日本の軍事力を押さえて きた。その準備が整うまで、在日米軍の護衛を任されてきた自衛隊の力で は、核、化学兵器、プラズマ兵器を駆使するアメリカ軍に太刀打ちできな い。  アメリカが本気で核を使うというのは、その装備を見ればわかる。  在日米軍の最極秘基地、上瀬谷(カミセヤ)基地は、核爆発に耐えられる ように、半地下構造となっている。  横須賀の中枢基地は、「コマンド・ケイブ」という名が示すとおり、洞窟 の中につくられている。  1985年に、日本国民の税金が使われて完成した横田の中枢通信施設には、 窓も通風口もない。これは放射能や毒ガスを防ぐ構造になっているためだ。 6.光ファイバー疑惑  1987年、NTTは、宮崎−沖縄間に密かに光ファイバ−ケーブルを敷い た。沖縄−本土間には、すでに1960年代に開設されたマイクロ波回線があ る。今回、光ファイバ−回線が敷設されたことにより通信容量は約1000倍に 急膨張した。しかし、本土と違って、沖縄にはそうした膨大な通信容量を必 要とする「企業」はまず存在しない。では、このNTT光ファイバーケーブ ルはだれのために莫大な建設費を投入して敷設されたのか。  それはアメリカ軍のためであった。ジャーナリストの浅井隆氏は、この光 ファイバーケーブルは宮崎から直接沖縄嘉手納米軍基地へつながっているこ とをつきとめた。  この光ファイバーケーブルは、核爆弾が爆発したときに発生する、通常の 通信回線ではコントロール不能になるような電磁波の影響を受けない。だれ もが使っているNTTが、もはやアメリカ軍の核戦略の一環に組みこまれて いるのである。  在日米軍に光ファイバーケーブルを提供したのはNTTだけではない。米 軍はKDDを利用して、在日米軍と、グアムの米軍、そしてハワイ、アメリ カ本国を結び、他方では、在韓米軍などとも直結させ、これらをすべて光フ ァイバーで核戦争用の通信網として完備しているのである。韓国からと、グ アム、ハワイからの海中光ケーブルは、千葉県の千倉陸揚局でいったん日本 の電話回線とつながることになるが、そこからもう一度海に潜り、三浦まで 延長されているのである。この陸揚げ地点からわずか500mの場所には、米軍 長井通信施設が存在している。つまり、この回線は在韓米軍基地ならびにグ アム、ハワイ、アメリカ本国などと在日米軍を結ぶものだったのである。  一般のユーザーに何の利用価値もない千倉、三浦間の海底ケーブルをKD Dがわざわざ引いてやったのは、KDDが裏で完全に米軍と結託しているか らにほかならない。しかもさらに、光ファイバーによって、グアムの米軍基 地と日本やハワイ、アメリカ本国を結ぶために、KDDが当初進めていた日 本とハワイの直通ラインがアメリカ国防総省の横やりで変更され、グアムと つながれることになったのである。この変更によりKDDは、百数十億円も の余分な出費を背負わされるはめとなったが、その経費を負担するのはKD Dを利用する日本国民である。   [『NTTが核攻撃される日』(PP.213-268)、浅井隆(1990)、フットワ ーク出版社]   そして日本人抹殺作戦が発動されるやいなや、海からは潜水艦の核ミサイ ルが、アメリカ本土からは、大陸間弾道弾が、宇宙からはプラズマ兵器が発 射され、日本を焼きつくすのである。そのために、在日米軍は緊急退避訓練 を毎月行なっている。これは、作戦実行直前に、在日米軍の家族を輸送機で アメリカに送り返すというものだ。残った在日米軍は地下深くから日本が破 滅していく様を確認することになる。   [『PEACE FOCUS NO.5』(PP.14-15)、日本平和委員会] 第10章 『シオン賢老の議定書』 1.『議定書』  彼らの基本的戦略は、20世紀初頭に明らかになった、『シオン賢老の議定 書』に見ることができる。この『議定書』には、「彼ら」に対する敵愾心を あおるために、ロシアのニコライ2世が作らせた偽書ではないか、という説 がつきまとっていた。しかし、その「議定書は偽書である」という説こそ が、「彼ら」の情報操作によるものであることが明らかとなった。  この『議定書』は、1905年に、ロシアのセルゲイ・ニールスが著した『卑 賎で強大なもの――反キリストとサタンの地上王国が近づいた』という著書 の付録だった。ニールス自身は、スタボロポリ州副知事のアレクシス・ニコ ライビッチ・ズホーティンから写しをもらったものだと主張している。一方 では、ニコライ2世が1897年にスイスのバーゼルで開かれた「第1回国際シ オニスト会議」にスパイを送り、そのスパイが出席者を買収して手に入れた という説もある。  この本の内容は、世の中のあらゆる事件、あらゆる陰謀に、「彼ら」が絡 んでいるというものであった。それに対して、「彼ら」はこの本が偽書であ るという情報を流すとともに、本の買い占めなどの妨害工作を行なってい る。そのため、この本が書店から消えてしまったことが度々あったようであ る。「彼ら」は、ニールスの第4版が出たときには、貨車積みのニールスの本 を貨車ごと焼き払うことまでやっている。さらに、ケレンスキーが首相にな ったときには、モスクワやペテルスブルグの書店にあったニールスの本がす べて没収され、紛失されるという事件も起きている。なお、後にこのケレン スキーがフリーメーソンのメンバーであったことが明らかとなる。  1921年には、元ロシア公妃カテリーナ・ラッジウィルと名乗る女性が、 『アメリカン・ヘブリュー』誌上で「この『議定書』は帝政ロシアの秘密警 察長官、ラチコフスキーが創作した真っ赤なウソ」と述べた。  ところがしばらくして、このラッジウィルという女性が、元公妃でも何で もなく、為替偽造や公文書偽造の前科を持つ人物で、しかもこの証言は「彼 ら」の組織の一つである「ブナイ・ブリス」から金をもらって偽証していた ことが判明した。  やはり、『議定書』は、「彼ら」の計画書だったのかとだれもが思い始め た矢先の1921年8月、今度は、『ロンドン・タイムズ』誌にF・グレービス の記事が連載された。その記事によれば、『議定書』は1854年にモーリス・ ジョリーが著した「マキャベリーとモンテスキューの地獄対話」を原点とす る、盗作にすぎないというものであった。  しかし、後にモーリス・ジョリー自身がフリーメーソンの上級結社員であ り、しかも1860年に結成された「イスラエル世界同盟」の創設者、クレミュ ーの右腕で、1871年のパリ・コミューンにも加わったという「彼ら」の中で も超大物だったのである。  このように、『議定書』が偽書であるという数々の説は根底から崩れさ り、「彼ら」の大陰謀の計画書であることが明らかとなったのである。  それでは、『議定書』の内容に触れてみたい。「彼ら」の、「自分たちを 『真の人間』、それ以外の異教徒を『獣』」とみなす価値観が『議定書』全 編にわたって貫かれている。そんな「彼ら」は、「彼ら」にとっての異教徒 の特徴を「計算高いこと」、「物質的欲求を充たす為貪慾飽なきこと」と分 析している。それ故、「万事は金力と頭数」で動かせると考えている。つま り、物質主義的思考を持つ人は、絶えず「彼ら」のコントロール下にあるの である。  ひるがえって、物質主義から解放された思考、精神主義的思考こそが、 「彼ら」の支配から抜け出し、あるいは「彼ら」に打ち勝つ道だといえる。  しかし、現実には、そのような思考を持ち合わせた人物は多くない。物質 主義的価値観を有し、カネに執着するがゆえに、「彼ら」が演出する経済恐 慌に巻き込まれた国家は、自らの根底にある物質主義を省みることなく、短 期的な解決法を求め、国債を乱発することになる。「彼ら」はこう述べてい る。 「異教徒に害を与えるために、我々は経済恐慌を引き起こした。そのために は、ただ手の届く限りの、金の全部を引き込めるだけで充分であった。かく て巨額の金額が我々の手中に貯蔵されたが、一方では異教徒国家は資金が全 く枯渇したのでやむをえず、我々に国債の引き受けを請わざるを得ないよう になり、これがため、異教徒国家は、この国債で多額の利子支払の義務を背 負い込むこに至った。これは彼らの国家経済のかなりの重荷となって、つい には国家そのものまでが、大資本家に全く依存することになってしまった。 手工業および中工業が大工業へ移るにしたがい、健全なる国民のすべてだけ ではならず、ついには国家までもが膏血を吸い尽くされてしまったのであ る」  翻って日本の現状はどうか。日本の財政が国債の返済に追われ、破産寸前 であることは先に述べたとおりである。  また、「彼ら」はあらゆる国家をコントロールするために財力を用いるだ けでなく、新聞雑誌等のマス・メディアを極めて巧妙に使う。  それは、単に為政者側の情報をコントロールするのではなく、反体制側の メディアすら演出するのである。同時に、無関心層をひきこむために中道的 なメディアも送り出す。これにより、ほとんどの民衆を「彼ら」の情報の流 れに組み入れることが可能となる。「彼ら」はこう述べる。 「第一には、政府系の新聞雑誌を据える。その任務は、我々の利益を随時随 所に代表することにある。第二には、半官的な新聞雑誌を据える。その使命 は我々に対して、無関心且つ微温的な人々を我々の味方に引き入れることに ある。第三に、我々が据えるのは、表面上の反対党新聞であって、それは少 なくとも、我々と対照関係にある機関新聞を持っていなくてはならぬ。する と、我々の本当の敵は、この策謀の反対を真実と思いこみ、反対を唱える連 中を同志と見て、腹蔵なく自分たちの秘密を彼らに提示するからである」  このように全ての人々を「彼ら」の情報に引き入れた上で、「彼ら」は 「国民的隔絶、国境、貨幣本位の相違」を取り除く、つまり統一世界政府を 作りあげようというのである。この計画がすでに実現しつつあることは世界 の現状を注意深くみればよくわかる。なぜならば、この『議定書』は今から およそ百年前に作られたものであり、そうあるべく「彼ら」が世界を動かし てきたからである。例えば、貨幣に関しては、ヨーロッパ連合が予定してい る統一通貨、ECU(エキュー)にみることができる。  また、国境のない世界のひな型は、国連にみることができる。国連は、第 二次世界大戦における連合国が出発点であることは先に述べた。そのこと は、米、英、仏、中国、旧ソ連の流れを受け継ぐロシアのみが拒否権を有す る常任理事国という特権的階級に置かれていることからも明らかである。  そして、国連の実態は、軍需産業のために戦争の火種を世界各地にばらま く「死の商人」に他ならない。その傾向は、ダボス会議に出席したガリが事 務総長に就任してさらに強まった。この変貌は、1992年6月にガリが発表し た「平和への課題」という報告書の中にある。ガリは、この報告書の中で、 これまで停戦を維持することだけ目標としていたPKOの平和維持軍を「平 和執行部隊」とし、軍事力で紛争を解決できるよう提案した。その最初の実 験の舞台となったのがソマリアであった。 2.ソマリア虐殺事件  ソマリアは、地中海、スエズ運河から連なる紅海の出入口、つまりアジア とヨーロッパを結ぶ海上交通の要所に位置し、「アフリカの角」と呼ばれて きた。  1960年にイギリスおよびイタリアの植民地支配から独立したが、独裁政権 に不満を抱く氏族が反政府組織を結成、1988年に内戦が始まる。その後暫定 政権が発足するものの、アイディード将軍派が反発。首都モガディシオを中 心にアイディード派とモハメド暫定政権大統領派との間に武力抗争が起こっ た。そこへ国連安全保障理事会は1992年12月、アメリカを中心とする国連 軍を人道的援助物資の輸送ルートを確保するという名目で送り込んだ。しか し、反米的なアイディード将軍を捕らえるというのが本心であった。  そして1993年7月12日、アメリカ軍を中心とした国連軍の虐殺が行なわれ た。その日、8機の米軍攻撃用ヘリコプター「コブラ」がモガティシオの一軒 の民家を猛爆、多くの市民を殺したのである。国連やアメリカ側は、この爆 撃以前に行なわれた国連軍に対するアイディード派の攻撃に対する報復であ るとしているが、その真相は異なる。同じ国連軍に従軍したイタリア軍司令 官は、アメリカを中心とした部隊がいたずらにアイディード派をあおったこ とが衝突の原因だと述べている。  それにもかかわらず、責任をアイディード派に押しつける形でこの虐殺は 行なわれたのである。後に、この爆撃の模様を収めたビデオを見た国連職員 は以下のように語っている。 ――イクバル・リザPKO事務次官補「大変残念なことですが、われわれが 逮捕しようとしている人物は市民を利用しています。だから市民に多くの犠 牲者が出てしまいました。われわれはこのような事態を起こしたかったわけ ではなく、相手がそうさせたのです」 ――ミアン・カドルディン国連東京広報センター所長「大勢に攻撃されれば 自分の身を守るでしょう。他に何ができるというのです。攻撃してくるのが 犯罪者であればなおさらのことです。自分の安全のために行動を起こすこと は許されるのです。それ以外にどんな選択があるというのかね」  しかし、この虐殺に先だつ7月10日、アイディード派は「平和的解決を求 めて話しあいたい」意向を国連側に対して申し入れていた。そのために7月 12日に派内の幹部が集まり、停戦に向けての意思統一を図るために会合を開 くことを国連に伝えていた。彼らはその集まる場所と時間まで国連側に届け ていた。その民家が攻撃ヘリによる爆撃を受けたのである。  この日の爆撃による死者は、国連発表で16人、国際赤十字が病院で遺体を 数えた結果が54人、ソマリア側発表で73人であった。現地を取材したAPF 通信の山路徹記者はこう報告している。 「『なぜ、こんな民家に8機もの攻撃用ヘリで爆撃しなければならなかったの か』と私は思った。あのコブラ(攻撃ヘリの名称)の機関砲は、本来対戦車 用のもので、口径も大きく、恐ろしく破壊力のあるシロモノだ。人間に向け る武器ではない。われわれのスタッフが撮った映像を見ると、その機関砲で 何度も何度も波状攻撃をかけている。しかも会議場とされた民家やアイディ ード派の兵士だけではなく、一般の市民にも砲口を向けている。全く無防備 の人間も狙っているのだ。これは悪魔の所業としか思えない」  また、山路記者は現地の民衆の声をこう伝えている。 「わたしたちはソマリア人だ! ここはソマリアだ。アメリカじゃない」 「この国のことはクリントンよりわれわれのほうがよく知っている」 「国連はもはや国連ではない。弾だ! 国連はアメリカの弾だ! このことは世 界中が知っているぞ」   [『正義という名の虐殺』、山路徹(1994)、フットワーク出版]  アメリカはヴェトナム戦争にみられるように「世界の警察官」と称しては 各国に介入し、世界各地の混乱を助長してきたが、湾岸戦争を契機に国連を 看板に掲げるようになった。国連を受け皿にすることで、「世界警察」とし ての活動費を日本をはじめとする他国に支払わせようというのだ。  軍需産業のために、アメリカ国民の税金を使って介入していたころから考 えると、さらに悪らつになったというほかない。こうして国連の名のもと に、アメリカによって地獄図絵が世界に繰り広げられることになる。  「彼ら」は百年前にこう述べている。 「我々は、全人民をして「『嫉視と憎悪と戦争』あるいは『欠乏、飢餓、疫 病の伝播』等によって極度に困憊せしめる」  まさに、現在のアフリカの状況ではないか。そして「その結果、異教徒た ちは、我々の金力と完全なる主権とに服従するより外に、何等の逃げ道がな いようにする」というのである。ここに、対外債務の返済に追われる第三世 界の姿がある。  また、統一世界政府においては、「彼ら」が認める価値観しか存在し得な い。 「我々が世界支配権を掌握した暁には、我々同族は、唯一の神を崇拝する 我々の宗教以外には、如何なる宗教の存在も望まないであろう。神の選民た る資格を有する我々の運命は、この唯一の神と結ばれ、この神によって全世 界の運命とも織り合わされているからである。この理由からして我々は、他 の宗教は総てこれを破壊してしまわねばならぬ」  この冊子を読まれている方の中には、宗教に興味がない方もいらっしゃる かもしれない。しかし、その無神論という立場こそ、「彼ら」が意図したも のである。「彼ら」は「現代の無神論者の数が一時的に増すことがあるかも しれぬが、それは我々の意図を妨げることにならない」と述べている。「彼 ら」の教義に屈服させるには、先入観がない方が効率的だからである。  また、世界中の民を一つの価値観にとどめておくために、「彼ら」は密告 者を用いる予定である。もっとも密告制度はすでに共産主義国家で実験さ れ、その効果が実証されている。 第11章 静かなる戦争のための沈黙の兵器 1.「彼ら」の戦術  最後に、日米戦争まで時間がないという根拠をもう一つ示したい。ここ に、「Silent Weapons for Quiet Wars」、「静かなる戦争のための 沈黙の兵器」という小冊子がある。これこそが、「影の政府」の世界支配の ためのマニュアルの日本語訳である。   [『静かなる戦争のための沈黙の兵器』(p.30、61)、文明批評學會(訳) (1993)、文明批評學會]  このマニュアルは、1986年7月7日、まったく偶然にベールを脱いだ。ジ ャンボジェットで有名なボーイング航空会社のある従業員が、処分品のIB M系のコンピューターを買ったところ、その中にこのデータが残っていたの である。  それにはこのような文章がある。「万一の場合、収支のバランスをとるた めに戦争という手段に訴えなければならない。極限すれば、戦争は債権者を 破滅させる手段に過ぎず、政治家とはとるべき責任をとらなかった行為を正 当化し、一般大衆の分別に目つぶしを喰わせるために公然と雇われた殺し屋 である」  この殺し屋がいざとなったら米軍の地下基地に逃げ込む政治家たちであ り、雇い主はアメリカのことである。先に述べたように、現在、アメリカは 国内の財政赤字と貿易赤字を抱えている。アメリカの債券を大量に握ってい る日本に対し、核兵器、化学兵器、プラズマ兵器を使って日本を徹底的に破 壊し、その赤字を一気に解消するとともに、軍需産業を中心として莫大な利 益を上げようとしているのである。そして彼らにとって、余計な民衆を核に よって大掃除し、その利益を多国籍企業や彼らの手先である政治家だけで山 分けしようというのである。そのためにマスコミをコントロ−ルして事実を 隠してきた。  このマニュアルにはこのように書かれてある。  次のことによって、かれらの感情を解放してやり、彼らのわがまま 勝手と感情的・肉体的な活動の中に放縦さを増やしてやる。  1.メディア――特にテレビと新聞――を通じて、セックス、暴力 と戦争を集中砲火であびせ続け、毅然と立ち向かう感情を軟化させる (心的・感情的にレイプする)。  2.彼らが欲するものを与えて――過剰に――思考に「カロリーが 高いがまずい食品」――彼らが真に必要とするものを奪い取る。  歴史や法律を書き変え、大衆を変質者がつくり出したもののとりこ にさせる。このようにしてこそ、かれらの目や心を、その人間にとっ て必要なことよりも、自分とは無関係なでっちあげたものごとへそら せることができる。  この計画を基本として、アメリカは、日本を弱体化させるために、様々な 手段を使って、日本人を無知化してきた。日本文化の素晴らしさを気づかせ ず、アメリカ礼賛を行なわせ、アメリカ文化を移入することにより、日本人 本来が持つ素晴らしさを消滅させてきた。そして、アメリカ社会の悲惨な状 況が、今、日本に現われようとしている。 2.教育制度  GHQの民間情報局教育課の使命は、日本人の思想、生活、および行動の 形態を変えていくように、日本の教育制度を利用することであった。そのた めに、必要な教育改革を教育課が起案し、マッカーサーの承認を得た後、文 部省を監督しつつ、教育制度に適用して、教育改革を達成させるという方法 がとられた。  戦後、日本人の教育は、アメリカ礼賛という形で行なわれ、また、長い歴 史で培われた日本社会、日本文化の良ささえも否定するような思想を植えつ けられたのである。  戦後日本の学校教育は、知識詰め込み型の教育であり、日本人から、思考 力、思索力を奪ってきた。そこでは、膨大な知識を詰め込まれ、ただ、与え られたことを要領よくこなす、ということに重点が置かれた。この、点数重 点主義、偏差値重点主義は、一部のエリート選別を行ない、その他の大部分 は、落ちこぼれというレッテルを貼られ、単純な肉体労働の供給源として、 教育され、無知化、動物化されてきた。また、一部のエリートにしても、自 ら思索するのではなく、上の者から言われたことを能率的にこなす能力を身 につけるだけであった。  その結果、日本人は自由な発想を奪われ、画一化され、個性を奪われてき た。あるいは、思考力を奪われ、無知化し、情報に流されるようになった。 そして、これこそ、彼らが国民を支配する上で、好都合なものであった。 3.マスコミ  マスコミが極度に発達した現代社会においては、テレビの果たす役割が非 常に大きく、容易に世論を形成、思想を統一することができ、その公平性、 中立性が要求される。しかし、マスコミも一つの企業であり、その財政基盤 であるスポンサーとしての大企業、あるいは国家権力などの影響下に置かれ ている。  現在のテレビ放送は、国民を無思考へと導く、暴力、スポーツ、グルメ、 セックス、レジャー、お笑いといった享楽的情報以外、流さなくなってき た。軽薄短小なアメリカ文化が移入されたのである。これにより国民は、こ のような情報に流され、無知化し、彼らによってコントロールされているの である。 4.味覚  彼らの味覚を変えるという計画は成功し、今や、街ではハンバーガーやフ ライドポテトなど、アメリカ生まれのジャンク・フード、すなわち、栄養の ないクズ食品があふれている。これらはじわじわと効いてくる毒薬にほかな らない。日本の伝統的な食生活は破壊され、彼らの他の策略とあいまって、 日本人は一億総半病人といった状態でその健康が根底から脅かされている。  ジャンクフードが、わたしたちを無知にしているということは、このよう な実験からも立証されている。つまり、ジャンクフードをやめるだけで、ク ラスの平均点が16点も上がった実験例が報告されている。その実験では、ま ず、飽和脂肪と砂糖が減らされ、続いて合成着色料や甘味料、合成保存料が 除かれた。どれも、ジャンクフードに大量に含まれているものだ。   [『2001年の子どもが危ないシリーズ@ 栄養編』(PP.83-86)、九 元淑生ほか(1991)]   先程の沈黙の兵器の一節で、カロリーが高いがまずい食品を過剰に与え、 僕たちの思考をストップさせるという彼らの計画が、まさにこのように実行 されているのである。  あなたも思い当たるふしがあるに違いない。あなたはすでに彼らの手のう ちにあるのだから。歴史上の出来事は、偶然に起こったかのようにわたした ちは思いこまされている。しかし実際は、すべて彼らによって仕組まれてお り、僕たちは実はだまされているのだ。真珠湾攻撃を仕組んだルーズベルト 大統領はこう言った。「政治の世界において何ごとも偶然に起こることはな い。それは、そうなるように事前に計画されていた。それに私は賭けてもい い」   [『UFOはこうして飛んでいる』(P.249)、コンノ・ケンイチ(1990)、 徳間書店]  このようにしてアメリカは、学校教育を詰め込み主義にして若者を忙しく させて考える暇を奪った。また、マスコミを使って若者を無知にして反抗す らできなくさせ、受験戦争によってお互いをライバルにさせて若者が集団に なることを防いだ。 5.分断策  この集団をバラバラにするという作戦は国際的にも用いられている。例え ば、前回ロシアの大統領が来日して後、すぐにロシアの核廃棄が話題になっ たのは日本とロシアの間にひびをいれるためである。そのためにアメリカは グリ−ンピ−スの船を日本海に派遣し、ロシア船の行動を監視させたのであ る。このグリ−ンピ−スという団体は環境保護団体のようにみえるが、実態 はアメリカ傘下の宣伝部隊だ。  エリツィン・ロシア大統領は1993年10月11日、国賓として来日した。エ リツィンは日本の財界との懇談会では、森林開発、燃料・エネルギー、新交 通網、光ファイバー通信などの分野において、日本からの投資協力の要請を 行なった。さらにエリツィンは、細川首相との会談において、サハリン沖の 石油・天然ガス開発、シベリア森林資源開発、極東の通信網施設という交渉 継続中の大型プロジェクトの推進に向けて、日ロ両政府が協力を拡大すると の確認を得た。  まさに、日ソ会談は成功したかのように見えた。しかし、エリツィンが日 本を離れてわずか数日後の10月17日、日本人の感情を逆なでするような事件 が報道された。ロシアの放射性廃棄物投棄専用船が、北海道の西方約530km の日本海上で、液体放射性廃棄物の海洋投棄を行なったのである。この投棄 船日本海航行の様子がNHKテレビなどで繰り返し放送され、日本国民のロ シアへの経済協力の思いは急激に冷めてしまった。  日本人の多くは核に対して強いアレルギーを持っており、そうした事情を ロシア政府が知らないはずがない。  ことの発端は、国際環境保護団体と称するグリーンピースが、投棄の模様 をビデオに撮って、NHKに送り届けたことにあった。グリーンピースは早 くから、ロシアの日本海における核廃棄の情報をつかんでいたのである。ジ ャーナリストのビクター・マーケッティは、グリーンピースの正体につい て、こう言明している。 「グリーンピースはかなり以前から米英両国の情報機関につながる太い資金 パイプを持っており、このパイプを通じて流入する税金御免の資金を用いて 活動している。グリーンピース自体、すでに1987年時点において3000万ド ルに上る非課税の献金を受け取ったことを認めている。この献金の大部分は イギリスのフィリップ殿下がその長を務める『世界自然保護基金(WWF )』拠出したもので、この団体の黒幕がアメリカ、イギリスの情報機関なの である」  この核廃棄を日本政府よりも先に察知していたのはグリーンピースのみで はなかった。国際原子力機関、アメリカ、西欧諸国の首脳部は事前に通知を 受けていたにもかかわらず、日本と世界の世論には故意に知らせなかったの である。では、なぜ、アメリカは日本とロシアを結びつけたくないのか。  彼らは、ロシアのシベリアに眠る無尽蔵の地下資源が、日本の技術力で開 発されることを恐れているのである。なぜならば、それによって日本は新た な経済活力を生み出すことができ、また、日本が彼らの石油資源に頼る必要 がなくなるからである。彼らは新世界秩序実現に向けて、強引に各国を従わ せるのだ。  このようにアメリカは日本がアメリカの手から離れることを未然に防いで きた。 [『ユダヤで解けるロシア』(PP.167-172)、宇野正美(1994)、三交社] 第12章 粛清  「彼ら」は日本を、日本人を孤立化させ、ついには叩きつぶそうとしてい る。そして反抗するものには死を与えてきた。  アメリカが、自分がもうけるためにはいとも簡単に人を殺すのは今まで見 てきた原爆や数々の戦争に見られるとおりである。そして、それは何も戦時 中にか限らない。エイズの実験などもその一例にすぎない。また、戦後間も ない1949年にたて続けに起きた、下山事件、三鷹事件、松川事件という殺人 事件は、国鉄の労働組合をつぶすためのCIAの策略だった。  当時、アメリカの圧力により、日本政府は9万9千人に及ぶ国鉄職員を大量 解雇しようとした。これに反発する労働組合を押さえるために、政府側の国 鉄総裁下山定則を殺した。当然殺人の疑いは彼が死ぬ前日まで協議していた 労働組合に向けられる。世間の人たちは疑いの目を向け、労働組合を日本国 民から孤立させる。その上で、三鷹、松川事件をでっちあげ、その罪を組合 になすりつけ、組合活動を崩壊に追い込んだ。この事件のように、アメリカ は他国でも平気で殺人を行なうのである。そしてそれを見逃す日本の警察も CIAと同じ穴のむじなだ。   [『謀殺 下山事件』(272-275)、矢田喜美雄(1973)、講談社]   [『腐蝕の系譜』(PP.54-96)、吉原公一郎(1976)、三省堂]  もう一度整理しよう。「彼ら」は自分たちを「人間」、それ以外を「獣」 とみなし、獣とみなした僕たちを奴隷として支配しようとしている。そして その支配をより効率よく行なうために世界の人口のうち少なくとも30億人以 上を殺そうとしている。それを実行してきたのがアメリカであり、政略結婚 を通じて一つの大家族を形成している多国籍企業や政治家たちだ。その計画 の一環としてアメリカは日本の富を奪い、日本を破滅させようとしている。  そのプログラムを効率よく進めるために日本の若者に対して影響力の強い 尾崎を危険視した。そして妻である繁美を抱き込んだ。数億円の大金と、ア メリカ永住権をエサにして。そして、常に尾崎を監視させ、彼を精神的に追 い込んだ。彼らは尾崎が一人になるチャンスを待ち、尾崎の父が言うように 目に鈍器の跡が残るくらい殴りつけ、彼が倒れているすきに致死量の薬物を 射った。幸い酒を飲んでいるから泥酔が原因の急性アルコ−ル中毒ともとれ るし、万一薬物反応がでても、彼が以前麻薬に手を出していたからだれも驚 かないだろうというつもりだったのではないか。もっともアメリカの情報機 関CIAが後ろから手を引いていたなら、日本の警察くらい簡単にまるめこ める。当時彼の顔や体に殴られた跡があったという彼の兄や父の証言は黙殺 されたのである。 『戦いか破滅か――現代の黙示録を解く』に戻る|目次&はじめに |序 章|第1章 アメリカの横暴史|第2章 パナマ侵攻|第3章 エイズ|第4 章 湾岸戦争|第5章 ダボス会議|第6章 在日米軍に奪われる日本人の命|第 7章 日本再占領の理由|第8章 アメリカのコントロール|第9章 自衛隊|第 10章 『シオン賢老の議定書』|第11章 静かなる戦争のための沈黙の兵器| 第12章 粛清|第13章 戦い 戦いか破滅か 現代の黙示録を解く 第13章 戦い 1.闇が深くなるのは……  尾崎は死んだ。それは紛れもない事実だ。『シェリ−』にあるように、た どりつこう、たどりつこうとして、彼が求めていたところにたどりつけたと は思えない。  では僕たちになす術はないのであろうか。彼らに殺される順番を待つ、養 豚場の豚のような生き方しか残されていないのであろうか。そんなことはな い。  現にそれを求めて僕たちの先輩たちだって戦ってきた。  ある時はアメリカや日本の権力者にいいなりの警察に抗議した。  ある時はアメリカが押し付けた安保条約に反対して行動を起こした。  確かに現在は先に何が起こるかわからない、混迷の時代かもしれない。し かし、ある人の言葉に「闇が深くなるのは夜明け前なればこそ」というもの がある。尾崎は、彼の生命と引き替えに、僕たちの戦うべき相手を教えてく れた。 強大な力に立ち向かった例は、世界中にある。 2.アフガニスタンにて  アフガニスタンはアジアの中央の交通の要所に位置し、絶えず大国のエゴ にもてあそばれてきた。レジスタンスは山岳地形を巧妙に使い、ついには大 国の軍隊を撃破した。その中には14歳の少年たちもいた。彼らも銃をとって 戦ったのである。 インタビュアー「両親は戦いに行くことに反対では?」 少年「いえ。むしろ喜んでいます。成功を祈ってくれました」 インタビュアー「戦闘は怖くないですか?」 少年「全然! アラーのために死ねたら本望です」 3.ヴェトナムにて  1946年12月、長い間フランスの植民地支配に苦しみ続けた北ヴェトナム の民衆は立ち上がった。その指導者、ホー・チ・ミンは民衆にこう呼びかけ た。 「われわれは犠牲を辞さない。われわれは奴隷とはならない。すべての老若 男女に訴える。主義主張、民族を問わず、立ち上がり、フランス植民地主義 者と戦い、国を救おう」  この発言に応えて、民衆は立ち上がり、フランス軍を海に追い落とした。 次に、彼らを待っていたのはアメリカだった。アメリカはフランスの後をつ いでヴェトナムを支配しようとした。それに対して1960年12月20日、「南 ヴェトナム解放民族戦線」が樹立された。この解放戦線は反アメリカをスロ ーガンにして、農民、学生、企業家、知識人階級の支持を受け、大組織へと 発展した。  時には女性たちも戦った。男たちとともに銃をとる者もいたが、ヴェトナ ム戦争で有名なのが「ロング・ヘアー・アーミー」と呼ばれた5000人の女性 たちだ。彼女たちは村に対するアメリカの虐殺行為に反対して県庁に抗議 し、ついには米軍を撤退させた。  また、ヴェトナム中の女性たちが、アメリカ軍に協力するヴェトナム人を 説得し、解放軍に導き入れた。  アメリカは54万人もの軍隊を投入し、第二次世界大戦中に世界中で用いら れた爆弾の2.73倍にあたる755万tの爆弾を投下した。 しかし解放軍は1975年、ついに勝利をおさめ、ヴェトナムの自由をかち取っ た。 4.キューバにて  1956年11月、わずか100名を率いた弁護士出身のフィデル・カストロは アメリカ多国籍企業の支援を受ける独裁者バティスタを倒してキューバの独 立と自由を勝ちとるために立ち上がった。その道は平坦ではなく、一時、革 命軍の規模はわずか12名まで打ち減らされた。しかし、彼らはあきらめるこ とはなかった。ゲリラ戦の天才ゲバラが加わった後、革命軍は徐々に規模を 大きくし、時には20倍の敵を撃ち破りながら勝利への道を突き進んだ。それ を支えたのが、貧困にあえいでいた農民、自由を求めた学生たちだった。  そして、1959年2月、カストロは首相に就任。ついにキューバの民衆はア メリカの支配から解放された。  その後もキューバ支配をもくろむアメリカは、1961年4月、CIAを中心 に作戦をたて、軍隊をビックス湾に送り込んだ。カストロを中心としたキュ ーバの民衆はわずか3日でこれを撃破、キューバの自由と独立を守りぬいた。 5.「戦いか、破滅か」、選択の時  大国でも敗けるときは敗ける。結局勝負を決めるのはその集団のリーダー だからだ。間もなくこの日本に僕たちを勝利に導く魂があらわれる。時間は ない。選択の時だ。  核や毒ガスやレ−ザ−兵器に対して逃げ場所はない。  そしてまだ、アメリカがそんなことをするはずがないという人はこのビデ オをもう一度最初から見てほしい。  原爆の映像はウソですか。  ベトナムの映像はつくりものですか。  湾岸戦争はなかったのですか。  なぜ過去に起こったことが今後にないと言い切れるのですか。  もう一度。  戦いか、破滅か。選ぶのはあなたです。  破滅が近づいていることは、多くの神秘的な力をもつ人によって予言され ている。 6.ファティマの少女  例えば、1917年にポルトガルのファティマの少女は、次のように予言して いる。  20世紀の後半において、次の試練が人類の頭上に下るであろう。  民は神の恩恵を足蹴にし、各地において秩序が乱れる。  国家の最高部をサタンが支配し、世相はサタンによって導かれる。  全人類の大半を数分のうちに滅ぼすほどの威力をもつ武器が造り出 される。  神の罰はノアの洪水のときよりも悲惨である。  二十世紀後半において大いなる戦争が起こる。  腐ったものは墜ちる。墜ちたものはもうこれを支える力がない。  火と煙が降り、大洋の水は蒸気のように沸き上がる。  その患難によって地上の多くのものが破壊され、無数の人々が滅び る。  生き残った者は死んだ者を羨むほどの苦難に襲われる。  もし最後の時が近づいて、人類が自ら改心しなければ、  世の苦しみはいっそう深刻化する。  いたるところで死が勝利の歌を歌う。荒れ狂った者が凱歌を上げ る。  彼らは唯一の支配者サタンの配下である。  これらがすべて終わったあと、世は神にたち返り、  イエスのあとに従った者の心を呼び起こす。  キリストは単に信じるのみでなく、キリストのために公の場所で、  その勝利を勇敢に宣言する人を求めている。  隣人に向かって真理の言葉を告げる者のみが真の愛をもっている。 7.ホピ族の予言  また、アメリカの中西部、グランド・キャニオンの近くに、ホピ族という 原住民がいる。そこは、原爆の原料となるウラニウムの採掘場の近くでもあ る。彼らには、太古より、グレートスピリッツ、つまり偉大な精霊から授か った予言がある。その中には、「灰のつまったひょうたん」という表現で、 広島・長崎に原爆が投下されることを予言していた。今、メッセンジャーと しての使命を受けたトーマス・バンヤッケはこう告げる。 ――トーマス・バンヤッケ「この円は大地との調和を意味し、聖なる意味を 持っている。昔、白い兄弟にもこの同じシンボルと警告が与えられていた。 だが、彼らはこの土地に帰ってきた時には別のシンボルに替えているだろ う。十字架のシンボルを持ち込むだろう。その時には偉大なる精霊の法、つ まり、自然の法に従わず、彼らのやり方を強制し、石油、ウラン、ガスなど を取り出すだろうと予言されていたのだ。  つまり、予言の中で、だれかが「灰のつまったヒョウタン」を発明する、 それが地上に投下されれば、全てが一瞬にして灰になるだろう、そう予言の 中で警告されていたことが日本の広島と長崎に起こったからだ。そのために 1948年、ホピの指導者たちは集まり、予言について語りあったのだ。その 時、長老たちは、それが予言の通りであることを知り、はじめて、世界中の 人々に、今我々は危険な時代にいるということを伝えることにしたのだ。彼 らの進むにまかせたら世界は再び破壊されてしまうだろう。偉大なる精霊か ら警告されていたことは、そのまま、広島、長崎で起こったことだった。す べてが焼き尽くされるだろう。人々も土地も生物も、激しい熱のために死 に、多くの病気が何年にもわたって発生し、薬も医者も何の役にも立たず、 放射能は遠くまで広がるだろう。我々の長老がホピの言葉でそのことを知っ ていたのは驚くべきことだった。  この二つの円は、それが起こった二つの場所。我々は、これが第一次、第 二次世界大戦と広島、長崎への原爆投下を象徴していると解釈したのだ。  大きな地震、洪水、台風、雷などの自然の災害がどんどん起こるだろう。  また、彼らは物を工業化し、試験管の中で人間を作ることにも成功してい る。ホピはこの時代がその時にあたると、思っている。  地震や激しい嵐が我々を襲うだろう。核開発や宇宙開発を進めたところ は、ますます同じ力によって襲われるからだ。  地震や津波の多発、季節の激しい変化、風や嵐が全てを破壊するだろう。 それはただの警告にすぎない。我々はこういう事態をくいとめなければなら ないのだ。  厳しい冬や激しい干ばつが、強力で破壊的な風が人々を殺し、人々はいっ さいの所有物がなくなってしまうだろう。雨による大洪水や火山の爆発や、 土地の沈降、最後の段階には、稲妻が我々を襲うだろう。なぜなら、我々が 偉大なる精霊の教えに従わなかったため、偉大なる精霊に与えられた使命を 果たさなかったからだ。  この三番目の円はこれから起こるかもしれない第三次世界大戦を示してい る。そして、ここに下の道に戻る線が描かれている。これが現代だ。我々は 今、多くの科学の進歩と発達を目の当たりにしている。しかし、もし、鉱物 資源からできた原爆や核の力を使えば、きっとその力で我々自身を滅ぼすこ とになるだろう。それを止めなければ、本当に第三次世界大戦が起こるだろ う。  もし、それが起こったら、水爆などですべてがなくなり、我々のうち、何 人も生き残れないだろう。  遅かれ早かれ、もっと破壊的に事態が進行するだろう。自然界も、明日に は地震でホワイトハウスを襲うか、嵐や地震で、どこかで原発の事故が起こ るかもしれない。そういう危険な事態が迫っているのだ」  今年、110歳を迎えたホピの最長老デビット・マヨンギは、偉大なる精霊 からのメッセージを次のように語っている。 ――デビット・マヨンギ 「我々は白人がいつの日か『灰のつまったヒョウ タン』と我々が呼ぶ原子爆弾を日本の二つの街に落とし、すべてを焼き尽く すであろうことを知っていた。この土地から採れた物質でそれを作ったら、 それは必ず起こると警告されていたのだ。この物質で作られた核兵器やミサ イルなどを人間が使えば、数秒間で世界は焼き尽くされるだろう。第三次世 界大戦ではだれも勝ちはしない。ただ、全面的な破壊があるだけだ」   [『ホピの予言』、Land and Life(1986)、パステル・ビデオ] 8.ノストラダムスの予言  仏典や聖書でも、破滅が予言され、その時に救世主があらわれることが予 言されている。本来「キリスト」というのはイエス・キリストを指すのでは なく、救世主のことを指すのであり、この世紀末にキリスト、すなわち救世 主が現われるのである。そして、その救世主がこの日本に現われることが、 多くの予言者たちによって予言されている。  戦前の大宗教家であり予言者でもあった大本教の指導者、出口王仁三郎 は、日露戦争、第二次世界大戦の経緯、原爆の投下などの予言を的中させ た。彼は、有名な予言者でもあったが、ある人物に渡した遺書の中に、この ような記述がある。 「いま、大本にあらわれし、変性女子(へんじょうにょし)(=出口王仁三 郎)はニセモノじゃ。誠の女子があらわれて、やがて尻尾が見えるだろう。 女子の身魂を立て直し、根本改造しなくては、誠の道は何時までもひらくに よしなし。さればとて此れにまさりし候補者を、物色しても見当たらぬ。時 節を待ちていたならば、いずれあらわれ来るだろう」  つまり信者から救世主といわれていた彼も、自分は本物ではない、時期が 来たれば後から本物の救世主が出現すると予言しているのである。  アメリカのジーン・ディクソンは、こう予言している。 「世界の変革があるとすれば、まず日本になんらかの変化が起こり、それが 世界に波及するだろう。こうして世界に波及するだろう。こうして、世界の 人々は日本人を畏敬するようになる。東洋の神秘的思想は壮大なスケールを もって全世界を席巻し、キリスト教世界に非常に大きな変化を与えるだろ う」  歴代ローマ法皇の中でも特に霊性が高いと言われたピオ12世は、1952 年、バチカンからのNHKを通じて全日本へ向けて次のように語った。 「慈悲深き我らの主は、来るべき世紀を予言して、東の国の多くの人々が天 国の饗宴に座するため、『来たり参じるだろう』といわれました。この喜ぶ べき予言が愛する日本に実現しますことを……ああすべての国々の王、すべ ての国々の望み、東よりの光、輝しき永遠の光にして正義の太陽なる神よ… …御身の名において、わたしがこよなく愛する日本の上にお恵みをもたらし たまわんことを……」   [『救世主は日本から現れる』、広瀬謙次郎(著)]  1922年に来日した物理学者、アインシュタイン博士はこう語った。 「世界の未来は進むだけ進み、その間いくたびか争いは繰り返されて、最後 の戦いに疲れるときがくる。そのとき人類は真実の平和を求めて、世界的な 盟主を挙げねばならない。この盟主なるものは、武力や金力ではなく、あら ゆる国の歴史を抜き超えた、最も古く、また尊い家柄でなくてはならぬ。世 界の文化は、アジアに始まって、アジアに還る。それはアジアの高峰、日本 に立ち戻らねばならない。我々は神に感謝する。我々に日本という尊い国を つくってくれたことを……」  実は、あのノストラダムスも予言していた。  五つの流れを持つ一つのまとまりの島々で  偉大な天の千の王国に属する十字架の半神によって  数々の闘争によって狂気の様子から一つのものに  解脱した(煩悩から開放された)6人、  一族の重荷は隠される   (『諸世紀』1557年版 第6章 27)  ノストラダムスは、救世主が登場するのは「五つの流れを持つ一つのまと まりの島々」であると言っているのだが、これが日本を意味しているのであ る。「一つのまとまりの島々」という言葉が、多数の島によって成り立って いる島国を指していることは明らかで、しかも「五つの流れに」について は、次のようにあらゆるパターンが日本に当てはまるのである。  まず、日本列島を構成しているのが北海道、本州、四国、九州、周囲の諸 小島という五つの島々であること(ポツダム宣言では日本の領土についてそ う表現している)。そして、日本近海には、宗谷暖流、津軽暖流、対馬暖 流、黒潮、親潮という五つの潮の流れがあること。さらに、日本を構成して いる人種が、日本縄文時代人、南中国人、朝鮮人、アイヌ、南方人の五種の 流れを持っていることである。日本は、まさに「五つの流れ」を持つ一つの まとまりの島であるといえる。  そしてそこに登場する救世主は「偉大な天の千の王国に属する十字架の半 神」と表現されているのだが、「偉大な天の千の王国」というのは、仏教で いうところの「神聖天」であり、救世主がその流れを汲んでいる者であるこ とを示す。そして「半神」とは生殖機能を残している神のことを指し、それ が「十字架」を背負っているということは、救世主は他の魂の苦悩、煩悩を 背負っているということである。  また、ノストラダムスはこう続ける。  縮れて黒い髭の者が智慧によって  残酷で高慢な人々を征服する  永遠の偉大な小羊であるキリストは解放する  すべての捕虜たちを天の命令によって   (『諸世紀』1555年版 第2章 79)  救世主は「縮れて黒い髭」を持っているというのである。容貌からする と、これは東洋人であることを示している。  二行目の「残酷で高慢な人々」というのは、悪魔や煩悩にとらわれて自分 自身の心に残酷な高慢さを持っている人々のことを指す。そして救世主は、 そのような人々を「智慧によって」「征服する」、つまり徳の力で自然に従 えてしまうということである。  また、この詩の原文の3行目には、「chyren」という語があるのだが、こ れは「千の王国」と訳されるとともに、他にも興味深い分析ができる。とい うのも、「chy」がギリシャ語で救世主を指すキリストの象徴、そして「ren 」がギリシャ語で「小羊」であり、結局「chyren」は「小羊であるキリス ト」という意味にもなるのだ。つまり、3行目と4行目の意味は、キリスト (救世主)が「捕虜たち」、すなわち煩悩にとらえられた者たちを「天の命 令」を受けて解放する、ということになる。  つまり、この詩句は、智慧を用いて多くの人々を煩悩から解放された境地 である「解脱」へと導く魂を示しているのである。  かの偉大な千の王国に属する小羊である  キリストが地球の教祖になる方向に向かう  その上さらに後に愛され、恐れられ、ひどく恐れられる  彼の評判と誉れは天の神々を上回る  そして唯一の称号に力強い、有能な、毅然とした勝利者は満足する   (『諸世紀』1557年版 第6章 70)  そしてノストラダムスは、そのキリストについてこう詳述している。  聖なる相続人ではない悪魔によって恐れられる軍隊は  西に属する人々をひどく恐怖させる  盲目の光輝く聖なる相続人である、  松本を姓とする大乗の悟りである空(くう)に到達した者  そのとき海から来た秘密の船から来た人が患難を与える   (『諸世紀』1557年版 第6章 56)  1行目の「聖なる相続人ではない悪魔」と、2行目の「西に属する人々」 は、同じことを意味している。悪魔とは死を司り、死の恐怖によって人々を 支配する存在である。また、裏を返して言うならば、生存を与え、人々を生 存に縛りつける存在であり、つまり、欲望を与えて欲望によって人々を縛り つけてしまう存在ということである。つまり、これまで人類の大部分を支配 してきた西洋物質文明のことを指しているのである。したがって、このよう な物質主義的思考を有する人々を「恐怖させる」軍隊とは、物質主義から離 脱した、精神主義にほかならない。  ここで、「彼ら」の統一世界政府樹立のシナリオである『議定書』を思い 出していただきたい。「彼ら」は、「彼ら」にとっての異教徒の特徴を「計 算高いこと」、「物質的欲求を充たす為貪慾飽なきこと」と分析している。 「彼ら」には、精神主義を有した魂をコントロールすることは不可能なので ある。また、精神主義しか、「彼ら」に打ち勝つ道はないのであり、救世主 の条件は絶対的な精神主義的思考を有するということができる。  さて、「松本」という姓について触れておきたい。この部分にあたる原文 (フランス語)には、「parpignan」とある。しかし、現実には、このよう な単語は存在しない。そこでこの単語を「par-pign-an」と分割してみる と、parは「起源、根本」を、「pign(e)」は「松」を、そして「an」は、 「〜の家系に位置する」を意味する。「松を根本とする家系に位置する」、 すなわち、「松本の家系に位置する」。「松本を姓とする」という訳が導き 出されるのである。  「大乗の悟りである空(くう)に到達」というのは、仏教における「大乗 の最終解脱」という極めて高い修行ステージへ到達していることを表す。  最終行の「海」は「宇宙」を指し、「秘密の船」というのはサンスクリッ ト語で訳すと「タントラヤーナ」となるが、これは「真言秘密乗」と呼ばれ ている、最も速く、解脱・悟りを得ることのできる仏教の高度な修行体系の ことなのである。そしてこの修行体系を修得している救世主によって、悪魔 の支配下にある人々が「患難」を経て救済されていくというわけである。  なお、ここでいう患難とは、悪魔の支配下にある人々、つまり、物質主義 的な生き方をしてきた人々が、これまでと全く違う高次元の教えを与えられ ることによってその生き方が急変し、今までなしてきた悪業が自分に返り、 清算するという「カルマ落とし」を意味する。 9.黎明  新しい世界の始まりの鐘が鳴る  そして その後には  予言の世界が待っている  光音天からやって来た  アフラの世界からやって来た  真理の救済者